第23話 全て

 風呂場から脱水所に上がり、若干ゴワゴワしたバスタオルで体の水気を完全に拭き取る。体を覆っていた、雨による不快感は、今は完全に消えている。


 俺はあれから、冥の祖父にこの家へ上げてもらったが、「風呂に入ってさっぱりしてこい」と指示されていた。よく考えてみたら、濡れた服で人の家に入るなど、その家の人にとって迷惑だ。そんな簡単なことにも気付けなかった自分が、少しだけ恥ずかしい。

「服は……持ってきてた部屋着でいいか」

 念のため、防水バッグで服を持ってきていて助かった。

 俺はいそいそとその服に着替え、脱水所から出る。以前に来た時と変わらず、この家は広い。どこにどの部屋があるのか、覚えるまで時間がかかりそうだ。

「あっつ!? なんだ? 目が……」

「上がったなら、こっちへ来い」

「え、あ、はい」

 目の前の廊下の角から現れた冥の祖父が、顎を使って俺に指示をする。その横柄な態度にイラッとしつつも、俺は導かれるままに、一つの部屋に辿り着いた。

 その部屋にはキッチンがあった。言ってしまえば、典型的なダイニングキッチンだろう。キッチンのすぐ目の前には、長方形の机と、そこに並べられた四つの椅子があった。

「そこに座れ」

「ありがとうございます」

 いつの間にかその椅子に座っていた冥の祖父は、向かいの椅子を指さし、そう疲れた声で命令してくる。俺はそれに従い、指さされた椅子に恐る恐る腰を下ろす。


 分かってはいたが、どうやら、俺は歓迎されていないらしい。

 風呂には入れてもらえたが、お茶を出されるような気配はない。彼が俺を見る目は、品定めをするような視線が感じられる。

 何から話していいかを迷っていたところ、そんな俺を見かねたのか、冥の祖父が俺よりも先に口を開く。

「刀義だ」

「え、あ……鬼灯、です」

「それで、何が聞きたい?」

「えっと……」

 刀義と名乗った彼にそう聞かれ、俺はまず一つの疑問を思い浮かべた。

 今日ここに来るまで、本当にこれを質問してもいいのか、ずっと悩んでいた。

 だが、もうここまで来たからには、もう踏み込んでいくしかない。たとえ、俺にはどうしようもできないということが分かったとしても。

「冥は……」

「んあ? 聞こえんぞ」

 刀義の圧に押されビビっていたのか、声が小さくて質問が届かなかったようだ。

 俺は気を取り直し、今度は確実に、相手に聞こえる声で質問を投げかける。

「冥と、あいつが持つ魔法について、教えてください」

「はぁ……」

「知りたい理由は、ただの好奇心です。けど────」

「分かった、分かってる。全て話してやる」

「え……?」

 返ってきた言葉は、俺の予想外の内容だった。

 だが、その言葉が本当とは思えないほどに、刀義は俺の目の前でうなだれてしまう。ショックを受けているのか、ガッカリしているのかは分からないが、とにかく声のトーンからも分かるほどにテンションが下がっていた。

「鬼灯だったか。全てを話す前に、一つだけ頼みがある」

「なんでしょう?」

「どうか……全てを知っても、冥から離れないでやってくれ」

「それは……どういう」

 意図の分からないその頼みに、俺は少し混乱する。

 だが、刀義はそれ以上、そのことについて言及するつもりはないようだ。


 刀義は椅子から立ち上がると、今更コップにお茶を用意し始めた。目の前に置かれたお茶を見ながら、俺はどういう心変わりだろう、と疑問を感じていた。

「まず、冥に宿る魔法は『言霊の魔法』という」

「言霊……? 心根ではなく?」

「それは、世界中に欠片として散らばってる魔法だ。冥のは違う」

 刀義の口からでた言葉は、聞いた事のない名前の魔法だった。

 名前が違うということは、性質そのものも違うのだろう。だが、冥が使っていた魔法は、心根の魔法と大きな違いを感じなかった。

 俺の中での疑問も消えぬまま、刀義は気にせず言葉を続ける。

「心根の魔法は、願望を叶えるための力を得る、というものだ」

「それは……知ってます」

「だが、言霊の魔法は少し違う。あれは『口に出した言葉に込められた願望の通りに世界を書き換える』というものだ」

 それを聞いた俺は、一瞬、二つの魔法に大きな違いを感じなかった。いまだ、俺の頭の中では疑問符が渦巻いている。

 だが、続く刀義の言葉で、その違いを明確に理解する。

「平たく言えば、心根の魔法は。言霊の魔法はだ」

「なるほど……」

 そこまで聞いて、ようやく言霊の魔法を理解できた。


 変換と創造。

 その二つを聞いた時、どちらの方が便利かと聞かれれば、誰もが確実に創造だと答えるだろう。だが、俺はそこまで、心根の魔法に強大さを感じていない。

 むしろ、冥の方がはるかに強大さを感じる。その理由は、魔法そのものの力の強さだ。

「性質に関しては理解しました。ですが、それ以上に不思議なことがあります」

「冥の、魔法の強さか?」

「そうです。あいつの魔法はなぜ、あそこまで力が強いんですか?」

 そう質問してはいるが、その理由は、ある程度察しがついている。

 駐屯地で五人の断片級の魔法使いと対面した際に聞きこえたこと、今の今まで、俺がという魔法の存在を知らなかったこと。


 答えは、一つしかない。


「今、日本で広く知られているのは、砕け散ってしまった心根の魔法の残骸だ」

「つまり……冥は」

「あの子の魔法は砕けていない……つまり、魔法として本来の力を保っているから、あれほど力が強いんだよ」

 まだ、話の一部しか聞いていない。聞いていないが、冥が抱えている物は、想像以上に重そうなものだった。

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