第12話:胸が締めつけられる意味って…

 週が明けると、葉月に転機が訪れる。


 葉月は仕事を終えて帰る支度をしていると、受付の事務員から声がかかる。


「すみません、釜谷さんへご用事ある方がお見えになっていますが。」


そう言われた葉月が職場のドアを抜けると、見知らぬ若い男性がそこに立ってお辞儀をしてきた。


「いきなりお訪ねしてすみません。以前落としたものをお届けしに来たのですが。あ、自分はこのような者です。」


 この男性は、四つ葉プロダクションというアイドルの事務所のプロデューサーを務める大城悠太おおきゆうたと名乗った。葉月自身は気づいてないが、あの時直前まで柚希と一緒にいたと言う。


「あ、あの! 釜谷葉月さんでお間違いなかったでしょうか?」


「はい、そうですが。どうして私のことを?」


「僕と同じ事務所で働いている、葉月さんの同級生の柚希君が教えてくださったので…。」


(――友野君が? アイドルの事務所で働いているって聞いてたけど、だったのかな?)


 葉月は腑に落ちない感情を持ちつつ、悠太に話す場所を変えることを提案し、近くのカフェに移動して話を続けた。


「葉月さん、自分が年下なので敬語なしで全然話して大丈夫です。自分まだ21なので。」


「あ、うん。えっと…どこで落としたか分かってないんだけど、届けてくれてありがとう。でも、無くても何とかなったよ。」


「それはよかったです。葉月さんにお会いしたかったのはそれだけではなく――」


「何か用事が?」


 少し間を置いて、悠太が口を開く。


「僕は残念ながら、転職につき事務所を離れることになりました。この頃忙しいですし、柚希君1人のままだと体がもたないのです。周りは大学通っていたり働いていたりで頼める人は誰もいませんでした。それに――」


「それに?」


「所属アイドルの子が1人、以前ファンの人と思われる男に連れ去られた事件があったんです。その子は深く傷つきしばらくお休みしており、心のケアに大変苦労しておりますし…それに父子家庭でお父様も頭を悩ませています。大人の女性の1人として、葉月さんならば寄り添えることができるのではと思った次第です。」


「私が、アイドルのプロデューサー!? アイドルのことなんて全然、分かってないのに…。」


 思わず声をあげた葉月と悠太のもとに注文したものが届いた。喉が乾いていたのか、すぐ飲み干した葉月は驚きを隠せないままだ。


「心配はご無用です。柚希君がいてくれるからじゃないですか? 僕は感動しました。叶わない恋であったとしても、長い間葉月さんを想い続けていることに。葉月さんにやっと会えて、好きだって言えてよかったって柚希君は嬉しそうに僕に話してくれました。葉月さんがお持ちの印象以上に、柚希君は1人の男として凄くいい人だって思います…!」


柚希のことをそう話す悠太の目は輝いていた。


 柚希はただの転入先の同級生としか思っていなかったが、再会した時のことを振り返ってみると、高校の時とは違い、一回りかっこよく見えた。葉月はそう思うと、胸が締めつけられる気がした。


「――葉月さん?」


「あ、あれ? ごめんね、何でもないよ。」


葉月の様子を伺った悠太だが、電話がかかってきてしまった。


「もしもし、柚希君? あ、そうなんだね、分かった。すぐ事務所戻るから待ってて! ……お話中に失礼しました。すみません事務所に戻らないといけないので、僕はここで失礼します。お代は置いておくのでお支払いお願いします。お釣り出ても手間代として受け取っておいてください。」


葉月が挨拶する暇もなく、悠太は足早に行ってしまった。


 帰宅した葉月は、色んな意味で心が揺らいでいた。


(どうしよう……。それに、大城君って子の言葉に、やられたわ……。)


 今の仕事は5年目。採用関係の仕事はあと少しでキリがつく。考える時間は限られる。後輩や上司にこのことを打ち明ける方が、何よりもしんどいと思っていた。


☆☆☆


 悠太からの突然の声かけから約2週間がたった。職場では何も言えないまま時が過ぎてしまい、アイドル好きの後輩が都合悪くなったからということで、ライブチケットを譲り受けてしまった葉月。そのライブが本日行われる。


(初めてこんなとこ来たよ、すごい熱気――)


葉月がソワソワしていると、後ろから声がかかる。


「あれ、かまちゃんじゃん。こんなとこで会うとは。」


声の主は、転入先の同級生の聖海斗だった。


「あっ聖君久しぶり。職場の後輩がどうしても行けないからチケット貰ってくれませんかって言われて断れなくて…。」


「それはそれは大変だったね…。まだ時間あるし外出ようか。」


 葉月は今まであったことを海斗に全て話した。


「柚希からかまちゃんに会えたって話は聞いてたけど、まさか柚希の相棒からそんな話があったとはな。俺もそうだったけど、新たな世界に飛び込んで何も知らないのは仕方ないんだし、柚希やアイドル達から色々教えてくれるはずだと思う。柚希がその話を知ってるかは分からんけど、あいつとなら何も心配いらんよ。」


「そう、だよね……。」


「しっかし、奈津が羨ましいなぁ。2人目かぁ。成人式の時さぁ、娘抱っこして現れたからびっくりしたよ。ってどうした?」


「ここ2週間ぐらい、よく、胸が締めつけられる気がして…。」


 葉月の今の心情を海斗はすぐに察していた。


「かまちゃん、1人で大丈夫だって寂しい考えはもうやめよう。ホントはあっちの友達がいなくなってから辛かったんだろ? 俺からも言っとくけど、近いうちに柚希と会ってゆっくり話しな。」


「うん、分かった。」


 会場に戻ろうと先に後ろを向いた葉月に、海斗が尋ねる。海斗にとっては、確認の意味だ。


「――あいつのことが、好きなんだろ?」


「――はは、ばれたか。」


 この後開演の時間を迎えた。アイドルとは、こんな感じなんだって刺激を受けた葉月。ライブの終盤になると、以前悠太から聞いていた、しばらく休んでいた子が出てきた。仲間に助けてもらいながら一生懸命パフォーマンスをした。アイドル達も周囲も感涙モードになりながら、葉月は目を輝かせていた。


(答えは出たみたいだな。)


横にいた海斗は安心した様子だ。


☆☆☆


 そして翌日。葉月は海斗の計らいで柚希と会うことになったのである――

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