最終章:社会人編

第10話:訃報を受けて…

 あれから5年余りが過ぎた。社会人5年目に突入した葉月は、昨年から就任した新人教育係のリーダーとして、4月に入社した新入社員の指導に日々あたっていた。この春に篝は大学を卒業し、上京してきてから約束を果たすつもりでいたのだった。


 連休が明けたある日、仕事を終え帰宅した葉月に1本の電話がかかってきた。母親からだった。


「もしもし、葉月。今大丈夫かしら?」


「うん、大丈夫だよお母さん。どうしたの? 急に電話してきて。」


「葉月、よく聞いて。昼間に輪ちゃんから連絡があって……、篝ちゃん、病気で亡くなったの」


母親から告げられた現実は、あまりにも突然すぎた。


(――え?)


葉月はただただ驚き、その場にしゃがみ込んでしまった。


「葉月、仕事が落ち着いたら帰ってきなさい。お母さんから言えるのは、それぐらいしかないわ」


「……分かった、そうする」


 もうすぐ、篝の23歳の誕生日だった。離れ離れになってから毎年、お祝いメッセージを送っていた。葉月自身も楽しみにしていた。約束を果たすことも。


――もう、会えないのだ。


葉月は転校してから新たな友達もできたが、篝は特別な存在だ。


(どおりで最近テレビ電話できてないなと思ってたら、そういうことだったのかな。出会った頃より精神的に強くなった篝だったから、弱いところ見られたくなかったのかな)


そう思うと、葉月の目から勝手に涙が出てきた。少し時間がたち、涙に気づいてはっとした葉月は涙を拭った。この姿は自分の両親以外には見せたことがなかった。いつまでもこんなんじゃいけないと、自分自身に誓った。


 しかし、葉月の疑問は残されたままだった。


(篝、何で……何で病気にかかったこと教えてくれなかった?)


その1点だけだった。それが原因なのか、この先、素直に悲しめなくなったのかもしれない。


☆☆☆


 新人教育が落ち着き、葉月はお盆休みに入ってから帰郷した。


 その時に輪から聞かされたのは、篝は就職試験の最終面接の前日に突然倒れ、そのまま入院になったこと。一時帰宅もあったが、半年続いた闘病生活に力尽き、このような結果になってしまったことだった。


 葉月は、何故篝は病気になったことを隠していたのか、輪に尋ねた。


「篝ちゃんは『葉月には病気のこと自分で言うから、絶対言わないで』って何度も言ってた。だから、私からも、葉月ちゃんのご両親からも何も言えなかったの。結局言わないで旅立ってしまったんだね。葉月ちゃんに心配かけたくなかったんだと思うよ」


 心配かけたくなかった、か。そう思いながら、両親とお墓参りを済ませた葉月。


「葉月にとっては突然すぎる報告になってしまって、本当にごめんね。輪ちゃんも、申し訳ないと思ってるよ」


葉月の母親はそう言うけれど――


「1番辛いのは、そばにいた輪さんだと思う。お姉さん夫婦も失って、今度は篝だからねぇ……」


親友のお墓を前にしているのに、何故葉月は冷静でいられるのか、自分でも分からなくなっていた。


 篝が亡くなって3ヶ月。もうすぐ葉月も23歳になる。中学1年の時から続いていた誕生日のお祝いも、もうない。篝がいなくなって悲しいはずなのに、涙が出なかった。病気のことを一切教えてくれなかった篝に対して、複雑な思いだった。


 それでも、彼女の分まで、23歳としての1年を生きていく。またひとつ強い自分になりたいと、葉月はそう思っていた。


 お盆休みを終え帰京した葉月は、翌日の仕事に備え準備していた。ふと目に付いたのは、成人式で篝と一緒に撮った写真だった。篝がまだ、何処かにいる気がしていた。


 日付が変わり、葉月のスマホにメッセージが届いた。


『葉月、お誕生日おめでとう! 時間できたらまた一緒に遊ぼうね! この子も葉月に会いたがってるよー』


送り主は、転入先の同級生の笹川ささがわ[旧姓:木田きだ]奈津なつだった。高校卒業後に結婚し、今年で4歳になる娘がいる。娘と一緒に撮った写真と合わせて送られてきた。葉月はお礼の返信を終えるとすぐ眠りについた。


☆☆☆


 お盆が終わり、何事もなかったかのように2ヶ月が通り過ぎていった。


 来月に奈津と会う約束ができ、それを楽しみに仕事を頑張っていた葉月。そんなある日の出かけた帰り、バス停に向かって歩いていると無意識にすれ違った1人の男性がいた。


 その男性の正体は、奈津と同じく、転入先の同級生の友野柚希とものゆずきだった。

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