第9話:それぞれの道へ

 葉月の父親が打ち明けた内容、それは――


「お父さんは転勤が決まったんだ、東京だ。ここを離れて転校することになる。学校の先生には伝えておくから、篝さんと輪さんによろしく伝えておいてくれ」


「そんな……うん、わかった……」


冬休みが終わるまでに部活はあと1回あるが、日がない。葉月はどうしようと動揺しているうちにその日が来てしまった。


 篝には何も言い出せず、部活が終わってしまった。篝は用事があり先に帰ったのだが、愛里加が葉月の様子を気にして尋ねてきた。


「あの、葉月ちゃん? 何かあったの?」


「それが――」


葉月は愛里加に事情を説明した。


「えぇ、転校しちゃうんだ……。篝ちゃんや後輩たちにはまだ言ってない系?」


「うん、まだ言えてない……。篝の叔母さんにも伝えないといけなくて。学校始まったら絶対、伝えなくちゃ」


足早に帰ろうとする葉月を愛里加が引き止める。


「待って! それじゃ副部長の職は、どうなるの?」


「それは、私が決めることじゃないの。先生に聞いて」


愛里加は何も言い返せず、葉月は帰ってしまった。


(こんなはずじゃ……こんなはずじゃなかったのに――)


葉月は雪が深々と降りしきる中、足早に学校を後にした。その目は、悔し涙であふれていた。


☆☆☆


 冬休みが明け、葉月は篝と愛里加を呼んだ。部室だ。部活は休みだが、篝がお願いして入れるようにしたのだ。


「篝、先に愛里ちゃんに話してしまったことは謝る。本当に申し訳ない……。私のお父さんが春に転勤が決まったの、東京に。だから、ここを離れて転校することになるって言われた」


「そんなの……嘘だよね? 何で先に言ってくれなかったの? そんな大事なこと、先に愛里ちゃんへ言わなきゃならなかったの?」


篝が怒り口調になるのは、初めてだ。


「まあまあ……タイミングが悪かっただけだって。篝ちゃん、そんなに怒んなくていいじゃない? 葉月ちゃんだって、篝ちゃんへ先に言いたかったんだよ。ショックなのは、葉月ちゃんも同じなんだから」


愛里加が仲裁に入り、篝が一旦落ち着く。しかし、篝は何も言わず帰ってしまった。


「ごめん、先に言わなければ篝が怒ることもなかった」


「いやいや、謝らなきゃならないのは私だから……」


葉月と愛里加だけになっても、空気はぎこちないままだった。


 篝は1人で帰宅した。


「叔母ちゃん、ただいま。聞いて、葉月が転校するって。お父さんが転勤するからって……」


「あらら……でもね篝ちゃん。叔母ちゃんの予想でしかないんだけど。葉月ちゃんは帰省する機会はあるんじゃないかな。おじいちゃんおばあちゃんと会うのに。その時でも時間あったら会えるんじゃないかな? それとも、成人式の時にかな?」


確かに。輪が言うことに一理あった。でも、一緒にいられる時間は、限られてしまう。


「そうだね。でも、葉月にきついこと言ってしまった……」


「大丈夫、まだ時間はある。ゆっくり、距離を取り戻していこう」


 翌日。篝と葉月は一言も喋ることがなく、部活でも一言も喋らなかった。


「愛里加さん。お2人どうされたんですか?」


後輩の1人から尋ねられても、事情を知る愛里加は言っていいものか分からず、知らないふりをして首を横に振るしかなかった。


 部活が終わり、愛里加が先に帰った後、輪が迎えに来ていた。


「葉月ちゃん。少し大丈夫かい?」


「は、はい……」


場所を変え、輪は葉月の家の近くのコンビニの駐車場で車を停め、話を始めた。


「あの、輪さん。私は――」


「話は篝ちゃんから聞いたよ。お父さんの転勤は仕方ないよ。転校するって言っても、もう会えないわけじゃない。連絡取れないわけじゃない。距離は離れてしまうけれど、心の距離は離れることはない。そうだよね?」


「はい、そうです」


「篝ちゃん、葉月ちゃんが遠くへ行ってしまうまであまり時間はないよ。いい思い出作って、葉月ちゃんを安心させてね」


「うん、分かった。葉月、昨日は酷いこと言ってごめんなさい」


「私の方こそ、ごめんなさい」


お互い仲直りしたことを確認した輪は、葉月を家まで送り、そのまま篝と一緒に帰宅した。


 帰宅後、篝は輪に尋ねる。


「叔母ちゃん、何で葉月を引き止めたの?」


「葉月ちゃんの様子が気になってね。葉月ちゃん自身もショックだし、親御さんも心苦しかったんだろうなと思う。でも、あのまま……篝ちゃんとすれ違ったまま出発しちゃうのはまずいかなと、せめて葉月ちゃんだけでも話せたらと思って」


輪はそれだけ言うと、夕ご飯作りへと取りかかった。


☆☆☆


 翌週、葉月はクラスの皆へ転校する旨を公表した。学年末テストの前に行われた2度のスキー授業。篝と葉月は終始笑顔で終えた。テストはまたまた葉月が学年トップで良い締めくくりだった。


 3月に入り、葉月が出発するまであと1ヶ月を切った。2人きりの写真を撮りたいと、葉月からの提案だ。愛里加も合流して3人でお出かけすることになった。お揃いのキーチェーンを買い、愛里加が写真撮影役で2人の写真を撮る。


「愛里ちゃん、付き合わせちゃってごめんね」


「なんもなんも。篝ちゃんと葉月ちゃんのためなら何でもやるよー。3人でこうしてゆっくり遊べるの今日で最後なんだし」


 愛里加は写真を現像化してもらうため、先に帰った。もちろん、3人で撮った写真もある。


 週が明け、後期終了を前に部活で葉月のお別れ会が行われた。この際に顧問の先生から、愛里加を副部長へ繰り上げることを発表した。


「葉月ちゃんから引き受けたバトンを決して無駄にはしません。副部長としてこれからも、よろしくお願いします。そして葉月ちゃん、転校先でも元気に過ごしてくれることを願ってるよ」


挨拶をしたあと、愛里加は葉月に現像化した写真を手渡しした。お別れ会が終わった後、篝にも手渡しした。


☆☆☆


 後期が終わり、新年度に向け茶道部は新体制で動き始める。終業式翌日、葉月は両親と共に出発する。


「部活はこっちに任せて、葉月ちゃんを見送りに行ってきて。私は脇役。主役の篝ちゃんと葉月ちゃんの邪魔はしたくないから」


篝が部室に来ると、愛里加がそう言った。飛行機が出航するのは午後2時。まだ間に合う。篝が学校を出ると輪が迎えに来ていた。


「さあ、行こう。葉月ちゃんに渡したいものがあるから、私も行く」


輪が渡したいものは、簡易な茶道道具のセットだった。


来月から3年生。進路に追われる1年の中で、気分転換に出来たらと思い買ったのだ。


 空港に着いたのは午後1時前。20分近く探してようやく、荷物預かり場の近くで葉月を見つけた。


「篝……わざわざ来たの? それに……輪さんまで」


「部活の方は、愛里ちゃんに任せなって言われたから来た。間に合ってよかったぁ……」


「葉月ちゃん、大したものじゃないんだけど。これから3年生になって色々忙しくなってしまうだろうから、息抜きに茶道。いいかもよ」


「こんな立派なもの……ありがとうございます!」


 葉月が喜んで受け取ったのも束の間、篝に約束をする。


「篝は、高校卒業したら大学行く?」


「うん、そのつもりだよ」


「篝、大学卒業したらまた一緒に茶道しよう。新たな場所で私、待っているからそこでやろうね。約束」


「うん、約束!」


お互い笑顔で握手すると、葉月の両親が葉月を呼んできた。


「篝ちゃん、輪ちゃん。5年間、お世話になりました。また会えますよね。では、その時まで」


葉月の母親が軽く挨拶をして会釈をする。葉月と葉月の父親も一礼して搭乗口へと向かっていった。篝と輪は3人の姿が見えなくなるまで、笑顔で見送った。


(葉月のために、約束を必ず果たすんだ――)


篝はそう意気込んで、まずは高校の最後の1年間を歩き出す。

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