第3話:もう、寂しくないよ

 祖父が篝に打ち明けた内容とは。


「篝ちゃん。小学校卒業したら、おじいちゃんとおばあちゃんが住んでる隣の町の中学校に通わないかい? その方が輪への負担が軽くなるんじゃないかと思ってね」


 ここの小学生は、卒業すると近くの中学校に進学することになっている。今年の3月に卒業した今の中学1年生の先輩達は、その中学の真新しい制服を着て卒業式に臨んていたのを、篝達今の小学6年生は在校生席側から見ていた。


「職場行く日だけおじいちゃんおばあちゃんのお家に預けてもらって、仕事終わったら迎えに行くから。よく考えたら少しは職場から近いしいいかなって思ったのさ」


「そう、なんだ……。うん、分かった、そうする!」


篝はそうは言ったものの、本当は由奈と離れるのが嫌だった。でも、現実を見ればいつかはそれぞれの将来のために離れ離れになるし、仕方ないのかもしれない。


 祖父母が帰ると、外は雪がちらついてきた。年が明けると小学校生活最後のスキー授業だ。冬休み中、生前の両親によく市内のスキー場へ連れて行ってくれた。引越ししてきた時にスキーウエアと用具一式も持ってきて、今は押入に眠っている。篝にとって冬は楽しいものだが、両親を失った今は、微妙な思いだ。


「ご飯できたよー」


後ろから輪が声をかけてくる。


「はーい」


この日の夕ご飯は鍋焼きうどんだ。


 翌日。職場へ向かう輪に学校まで送ってもらった篝は重い足取りで教室へ向かっていた。


「おはよう、篝。どうかしたの?」


玄関に入ると由奈が声をかけてきた。


「あ、由奈、おはよう。それがね、かくかくしかじかで――」


「えー、卒業したら引越しちゃうのか……」


「いや、まだ決まったわけじゃないからね。おじいちゃんおばあちゃんから、どうだいって言われただけ。叔母ちゃんはその方がいいかもって言ってたけど――」


事情を聞いて残念そうに反応した由奈の手を握る篝。


「離れるのは、辛い。でも、由奈がいつも隣にいてくれたから今の私がいる……お礼を言うのは、まだ早いね。行こっか」


「うん、行こう……!」


残り少ない小学校での生活で、新たな思い出作りが始まる。


☆☆☆


 冬休み中、篝は輪に提案し、由奈とその家族と共にスキー場へ行きスキーを楽しんだ。お互い楽しい1日を過ごしたが、冬休みが明けて間もなく、由奈の父親に転勤の話が出てしまった。篝だけでなく由奈も卒業後この街を離れることになる。


「由奈もクラスの皆と一緒の中学行けなくなっちゃったんだね……」


「うん……それと、弟は転校になるからね。既に弟んとこの担任の先生にも話いってるし、お母さんは2月中に今の仕事辞めて引越し準備に専念するって」


自分もそうだが、何より弟が新しい環境に馴染めるかどうかの心配をしている由奈が隣にいた。2人で低学年側の玄関に向かうと、由奈の弟が走ってやってくる。


「お姉ちゃん!」


「はいはい、帰ろっか」


時々由奈の弟とも一緒に帰っているが、あと何回もないだろう。


 週が明け、最後のスキー授業だ。同じ班で和気あいあいと楽しんだ2人。この週と翌週の2回あったが、あいにく2回目の日は輪が仕事のため迎えに来れず、篝はスキー用具をどうやって持って帰ろうかと途方に暮れていたところ、由奈の母親が声をかけてきてくれた。


「叔母さんお仕事かい?」


「あ、はい。そうです」


「お家まで送っていくよ。乗って乗ってー」


お言葉に甘えて、アパートまで送ってもらったのだった。


 その後はバレンタインだ。由奈の母親が仕事の為、由奈は弟を連れて児童館へ行くことになっていたが、篝が引き止めた。


「今日叔母ちゃんいるから、家寄っていかない?」


2人を連れて帰宅した篝を待ち受けていたのは、甘い匂いだった。


「叔母ちゃんただいま……って何作ってるの?」


「篝の叔母さん、お邪魔します……この匂いはマフィンですか?」


 声に気づいた輪が反応する。


「あらおかえり篝ちゃん、由奈ちゃんと由都ゆうと君いらっしゃい。せっかくのバレンタインってことだしチョコマフィンを作ったの。小さい頃からよく姉ちゃん……篝ちゃんのお母さんとよく作ってたなぁ」


「そうなんですね。って、頂いていいんですか!?」


「うん、張り切りすぎていっぱい作っちゃった。皆でおやつ代わりに食べましょう」


輪が作ったチョコマフィンは絶品だ。そうだと由奈は何かを取り出す。


「朝、篝にも渡したんですが……今日1人休んでしまって1個余ってしまったんで、クッキー貰ってくれますか?」


由奈が輪に手渡ししたのは、色んな形をしたチョコクッキーだ。篝にも同じものが当たっている。


「あらいいの? ありがとう。よく作るの?」


「はい、週末よく作ります。こういうの好きなので」


 日が暮れて真っ暗になった頃、由奈の母親が仕事を終え迎えに来た。


「すみません、うちの子達がご面倒をおかけしました」


「いいんですよ。こないだ篝ちゃんを家まで送ってくれたお礼です、作りすぎちゃったんでよかったら食べてください」


「ありがとうございます……。由奈、由都。お待たせ、帰ろっか」


 由奈達が帰った後、輪は夕ご飯の準備に入った。この日輪は午前中に仕事を終わらせ、隣町にある祖父母がいる実家の近くの物件探しをしていたのだ。ここを離れるまで、あと1ヶ月しかない。


☆☆☆


 あっという間に、卒業式だ。篝は祖父母が用意してくれた真新しい中学の制服を着て、輪と一緒に登校した。篝は卒業式が終わってすぐ、由奈は弟の終業式を待って新しい土地へ向かうため、今日で会うのは最後だ。


「一緒に写真撮ろう?」


由奈からの提案で、由奈の母親が撮ってくれた。


 卒業式が終わって教室へ戻り、森本先生からの最後の挨拶だ。


「皆さん、1年間色々とありがとうございました。残念ながら秋川さんと大島さんが家庭の事情によりここの街から離れることになりますが、他の皆さんは中学に進んでも仲良く過ごしてほしいです。最後に秋川さんと大島さん、こちらに来てくれますか?」


篝と由奈が呼ばれ教壇まで駆けつけると、クラスの皆と先生が作った寄せ書きが2人へそれぞれプレゼントされた。


「「「皆、ありがとう……!」」」


篝と由奈は揃ってお礼をした。


 体育館にて卒業生のクラスごとの集合写真を撮り終え、篝は輪と共にこの街を出発する。由奈が走って寄ってくる。


「篝、どこに行ってもずっと忘れないよ。ありのままの篝できっと――いや、絶対大丈夫だからね!」


「うん、私も、由奈のことずっと、忘れない……!」


お互い涙ぐみながらも別れを惜しみ、出発した。


☆☆☆


 新しい住処へ到着した篝と輪は、荷物を片付けた後、お墓参りへと向かう。


「お父さんお母さん、無事に小学校を卒業したよ。叔母ちゃんがそばにいてくれるから、寂しくないよ……!」


また涙が流れる。輪がそっと抱きしめる。


「篝ちゃんは、姉ちゃんと義兄さんに晴れ姿見て欲しかったんだよ。私が姉ちゃんの代わり頑張ってやってるから、これからも天国から見守っていてね。」


これから進学する中学校は、誰もかも初対面になる。篝の不安を輪は察していた。



※由都→由奈の弟です

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