第2話:両親を失った女の子

 翌日、全ての日程を終え、篝達は学校へ戻ってきた。輪は校門前で車の中で解散になるまで待機していた。児童達が帰る様子が見受けられるようになり、輪は車から出てきた。


「あれ? 叔母ちゃん? お母さんは?」


先に声をかけてきたのは篝だった。その様子に森本先生はすぐに気づき、校内へ入るよう促した。職員用玄関から入り、場所は職員ロッカー室へ移した。


「篝ちゃん、叔母ちゃんの話をよく聞いて。実はね…。」


輪は篝に昨日あったことを全て話した。


「お父さん、お母さん…もう、どこにも、いないの? ねえ、叔母ちゃん、何で…何でっ…。」


 泣きじゃくる篝を必死に慰めながら、輪は森本先生にお葬式の日程が決まったことを伝えた。明日は篝の12歳の誕生日だが、悲しい1日にしてしまったことを輪は申し訳なく思っていた。


「篝さんがこの状態なので、落ち着くまで休ませてあげてください。週明けが修学旅行後初の登校なので、1組の皆さんには私の方からお話します。明日のお通夜に顔出すので、ご親族の方々にそのようにお伝えください。」


「分かりました、よろしくお願いします。」


 一足先に訃報を受けた叔母と、教頭先生経由で訃報を知った担任の先生を前にして、篝は何も言わず涙を流していた。辛い現実をまだ11歳の子に伝えるのは、輪にとっても先生にとっても、本当に苦しかったのだった。


☆☆☆


 学校を後にしてから、輪はアパートに帰る前に篝に声をかける。


「篝ちゃん、とりあえず服と下着ある分全部取りにお家帰ろう。洗濯は叔母ちゃんの家でするから。」


「うん…分かった。」


昨日の朝まで、確かに篝の両親がいた家。篝が玄関のドアの鍵を開けて家の中に入った。篝が自分の部屋にいる間、輪は冷蔵庫の中を確認していた。


(調味料はまだいいとしても、肉と野菜はこのままにしておけないな…。姉ちゃんには申し訳ないけど、もったいないし持って帰るか。)


「叔母ちゃん、いいよー。」


「あ、うん。ごめんね、お肉と野菜、捨てちゃうのもったいないから叔母ちゃんの家に持って帰るからね。」


篝が用を終えたので、輪は冷蔵庫に入っていた肉と野菜を持ち帰り、そのままアパートへと向かった。


 葬式が終わるまで輪が一時的に篝を預かることになっているが、その後どうするのか祖父母とは話はしていない。明日の通夜の時に聞くしかない。


「篝ちゃん、寝る場所なんだけど…叔母ちゃんのベッドで寝ていいよ。叔母ちゃんはソファの上で寝るから気にしないでちょうだい。」


「うん、分かった。」


篝は今のところ落ち着いてはいるが、学校へ行けるようになってからが心配だ。両親がいないことが原因で同じクラスの人達からおいおい何か言われないだろうか。輪は仕事しながら、篝の精神面でのサポートもしなければならなくなる。


 翌日、篝は12歳の誕生日を迎えた。そして、通夜が執り行われた。森本先生も出席した。通夜が終わって参列者全員が会場を後にしてから、今後篝をどうするのか、輪は祖父母に聞いた。


「私たちが引き取ってもいいのだけれど…通学のことを考えたら、輪に頼むしかないのよね。貴方も仕事してるんだから、お母さんもできる限り手伝う。お父さん、それでいい?」


「ああ。無理はするなよ、輪。」


 そうして、次の日の告別式を終えてから、正式に篝は輪と一緒に暮らすことになる。納骨を終えたが、これからは祖父母と共に、篝の家の片付けに入る。


☆☆☆


 事故から1週間がたった。篝は修学旅行後、初めて学校へ行く。輪は職場へ向かう。篝の家は綺麗に片付き、リフォームされて販売される予定になっている。輪が仕事部屋で使っていた部屋は篝の部屋になり、そこには亡き両親の写真と、篝が修学旅行で買ったお土産が供えられた。


 篝を学校まで送った輪はそのまま職場へ向かったが、心配で仕方がなかった。先生からクラスの皆に話はしてくれたとしてもだ。


 篝が教室に入ると、由奈が駆け寄ってくる。


「篝、大丈夫? お父さんとお母さん…急だったよね。先生から話聞いてびっくり。篝、大丈夫かなってずっと心配してたよ?」


「何とか大丈夫。由奈、ありがとう。叔母ちゃんが一緒にいてくれるから…。」


篝はそう答えるも、体が震えていた。


(篝…本当はまだ、大丈夫じゃないんじゃ――)


由奈がどうしようと思っていると森本先生が教室に入ってきた。


 先生が篝を気にかける様子は見受けられたが、特に改まった話をすることなく、この日の授業は終わった。久々に由奈と学校を後にした篝は、憔悴し切っていた。叔母のアパートは、学校まで歩いて20分ある。両親と住んでいた家とは逆方向で、由奈と方向が同じだ。


「篝の叔母さんのお家ってそっちなんだ。一緒に帰れるね!」


「……」


黙り込む篝は、まだ体が震えていた。由奈が抱きしめる。


「篝は、私が守る。大丈夫。ずっとそばにいるから。辛かったら、こうしてあげる。」


「うん、ありがとう、由奈…。」


篝は涙が止まらなかった。


 由奈と別れて帰宅した篝を出迎えたのは、祖母だった。輪は仕事で帰宅が遅いと聞いている。


「おばあちゃん、ただいま。」


「おかえり、篝ちゃん。よく頑張ったね、久々の学校。」


祖母は頭を撫でてくれた。やっとの思いで1日が終わった。あとは輪の帰宅を待つのみだ。夜7時を過ぎてから輪が仕事から帰宅した。


「お母さんありがとう。この生活いつまで続くか分かんないけど…。」


「いいのよ。それじゃ、また来週来るわねー。」


祖母はアパートを後にした。先に夕飯とお風呂を終えていた篝は隣の部屋で宿題をやっていた。


「篝ちゃん、帰ったよー。」


後ろから輪が声をかける。


「学校、よく頑張ったね。これから一緒に頑張ろうね。」


「うん!」


☆☆☆


 週に2、3度祖母が来て夕ご飯を作る生活が続く。運動会は、父方の祖父母も見に来てくれた。遠足は、輪が職場に行く日にも関わらず、早起きしてお弁当を作ってくれて、篝はとても嬉しかった。篝の両親が亡くなって半年が過ぎたが、学校生活は由奈のおかげで楽しく過ごせていた。


 そんなある日、篝が学校から帰宅すると祖父母がいた。この様子だと輪はこの日の分の仕事を既に終わらせている。


「おかえり、篝ちゃん。おじいちゃんおばあちゃんが篝ちゃんにお話があって来たんだ。」


「おじいちゃんおばあちゃん、お話って、何?」


 そして、祖父の話が始まる。

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