第3話 きっかけ
声のした方へ振り返る。
「白川くんって国語得意だったよね?」
目の前に立っていたのは先程目のあった少女。大きな瞳にいっぱいいっぱいの輝きを宿して真っ直ぐこちらを見つめている。よくみると真っ黒な髪をヘアピンでとめているようだ。
「ま、まぁそうだね。」
「今度の放課後、私に教えてよ!」
「!?」
この人は何を考えているんだ…?年頃の女子高生が、友達でもない人間に放課後の時間を明け渡すか?普通。おそらく言葉のままの意味では受け取らない方がいい。これは罠だ。放課後の2人っきりの勉強会というエサで恋愛に疎い陰の者を引っ掛けて、笑いものにするつもりだ。彼女はこちらの名前を知っている…。どこで知ったかはわからないが最初から狙われていた可能性は高い。娯楽に飢えた人間は思っているより残酷だ。だからこそコロッセオなんてものが生まれたのだ。
だが相手が悪かったな。僕はヒラヒラとチラつかせられた真っ赤な恋の気配に鼻を鳴らしながら突っ込んでいく闘牛のような人間とは違う。……鼻を鳴らすのは豚だったか?まあいい。とにかく、もう少し様子見といかせてもらう。
「うーん…教えるといっても感覚で解いてるから、問題の解き方とかは教えてあげられないかも。」
「古典文法とか、漢字の読み方のコツとかなら理論もわかるんだけどなぁ。」
人間は申し出を断られても、それに理由があれば不満を感じにくいと聞いた。完璧な断り方だ。本来なら誰も断らないから君も驚いたろう?
「私ちょうど漢字とか文法のところを訊きたかったんだ。」
これは想定外。ここまでするとは、まさか本気で困っている…?いやそれ以前に文法や漢字は基礎の基礎。それができていないということは彼女の国語は相当凄まじいことに…。
自分が物理の点数の低さに悩んでいることを考えれば、彼女のことを無下にはできない。他人に助けを求めること。プライドの高い僕にできなかったことを彼女はやってのけた。
「分かった。それなら力になれるかも。」
「わぁ!ありがとう!私、
陽田さんは人懐っこい笑顔を浮かべながらそう言った。なんだかその姿は、自分よりもずっと大人な人のものに見えた。
「あ。」
「私、物理それなりにできるから代わりに物理を教えてあげるね!」
…やっぱりそっちも知ってるよなぁ。
千の文字で示す解 はぐれいるか @hagureiruka
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