集中力は蜜と愛の味

リヒト

とある日の放課後

 高校三年生。

 自分の人生が一部を決定づける大学受験へと望む彼らはまさに一人の戦士であり、極限の集中力を持った侍である。


「あぁー!集中力は一体何処に!?」

 

 実はそうでもないのかもしれない。

 自室で受験勉強に勤しむ一人の少年は大きな声で悲鳴を上げる。

 その様に集中力など微塵も感じられず、決して戦士にも侍にも見えないであろう。


「はぁー。うるさいわよ」


 そんな少年と同じテーブルを囲み、受験勉強に勤しむ一人の少女が少年へとジト目を向け、口を開く。


「それはごめん……あぁ、集中力がほしい。飽くなき集中力が」

 

 少女からの注意を受けた少年は素直に謝罪の言葉を口にする。

 それでもなお、完全に集中力が切れた様子の少年はシャーペンを手から離して床へと体を倒し、ブツブツと不満げに言葉を漏らす。


「まだ一時間よ?」

 

 そんな少年の態度に若干呆れながら少女は口を開く。


「逆にこう考えるべきではないか?一時間持ったと」


「まぁ、そうね。貴方はカスだったわね」


「その結論は酷くない?」

 

 少女が至った結論へと少年は不満げに声を上げる。


「そんなことないわよ……いや、私の思い違いの可能性もあるかもしれないわね。確認作業は大事よね。貴方の集中力レベルの確認。きっと貴方はカスレベルの集中力じゃないはずだわ」


「それはないと思うよ?」


 方針を変えた少女の言葉。

 それを普通に少年は否定する。


「貴方、自分の趣味である執筆活動のときもSNS見たりするせいで書くのが遅く、集中していないわね?」

 

 だがしかし、それに耳を傾けることのない少女は少年へと疑問の声をぶつける。


「うん」


「ゲームのときですら動画を見ているわよね」


「うん」


「SNSを見たり、動画を見たりする際にも何か別のことを行い、一つのことに何か集中することはないわね?」


「うん」


「それでマルチタスクはこなせないわよね?」


「うん」


「やっぱりカスじゃない。私の思い違いではないわ」


 まごうことなきカス。

 無能の極みであった。


「ほんぎゃぁぁぁぁああああああああ」


 だがしかし、まごうことなき真実と現実こそが人を苦しめるものだ。


「いや!そもそもとしてこの社会がおかしいんだ!」

 

 そんな最中、一度は倒れた少年は再び立ち上がり、その怒りの矛先を自身の集中力の無さから社会そのものへと移す。


「うるさいわよ」


「だってそうじゃないか!いきなり人生の岐路に立たせるなんて間違っている!なんで急に自分のこれからの未来を決める大事な場面へと強制的に向き合わされ、自分の持つ時間のすべてを捧げさせられるんだ!無理だよ!未だ夢もなく、人生経験も少ない身で一切の休息も娯楽もなしに勉強という牢獄に囚われ、それに集中しろというのか!?何のモチベもなく、やりたくもない勉強をただひたすらに続け、集中力を継続しろと言うのか!?無理だァァ!休みは!?有給はどこ!?そして、総合型ってなんだよ!高校生の身で大学で何を学び、将来どのように学んだことを活かして活躍するか述べよ!?無理じゃん!そもそもとしてまともな判断能力が育っていないからという理由で選挙権を与えていないのだろう?それなのに自分の残りの人生。人生百年時代とするなら後80年以上の人生を決定づける決断をここで行えなんて横暴だ!まともな判断能力が育っていないからという理由で選挙与えていないのに、自分の人生を決める岐路に立たせるな!子供を!」


「もうすぐ18歳じゃない。三ヶ月後でしょ?12月6日でしょ?誕生日」


「でもまだだもん!」


「はぁー」

 

 少女はどこまでも不満を漏らす少年へとため息をつきながら立ち上がり、少年のすぐとなりへと移る。


「ん?」


 少年は倒していた体を持ち上げ、自分のすぐとなりへとやってきた少女へ視線を送る。


「どうし……ッ!?」


 そんな少年の顔を少女は優しく掴み、そのまま少年の口を自分の口で塞ぐ。


「……ッ!?」

 

 少女は躊躇なく少年の口の中へと自分の舌をねじ込み、そのまま舌をねじ込ませる。


「……ぁ」

 

 そのまま唇を貪り合うことどれだけ経っただろうか?

 突然の凶行に及んだ少女はそっと口を離す。


「……はぁ」

 

 少女の火照った頬が、吐かれる甘ったるい吐息が。

 そのすべてが少年の心に絡みつく。


「んっ」 


 少女は愛おしそうに先ほどまで少年と重ね合わせていた自分の唇を舐め、少年と少女を繋いでいた鈍い光を放っていた一つ糸が切れる。


「好きよ」

 

 そして、少女は出来た繋がりを、糸を永遠に溶けることなき確固たるものにするべく、愛の言葉を口にする。


「小さい頃からずっと好きだったわ。貴方と、一緒に大学に行けるのを楽しみにしているわ」


 突然のキスに対して理解が追いつかず、呆然としている少年に向かって少女は一方的に自分の愛の言葉をぶつけ、そのまま少女は自分の持ってきた所持品を片付けていく。


「じゃあ、また明日」

 

 そして、そのまま少女は少年の部屋から立ち去ってしまう。


「……」

 

 部屋に一人、取り残された少年はそれでもなおただただ呆然と放心し続ける。

 少女の甘い匂いと柔らかな唇の感触が少年を酔わせ、そのまま少年の意識を泥酔させる。


「……集中しよ」


 どれだけの時間が経っただろうか。

 しばしの時が流れた後、少年はようやく動き出し、一度は置いたシャーペンを再び手に取って意識を机に広がる教材へと向けるのだった。

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集中力は蜜と愛の味 リヒト @ninnjyasuraimu

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