洗濯機の選択肢

金沢出流

洗濯機の選択肢

「おお、いい部屋ですねここ」

 小鳥のように不動さんは囁いた。ひろゆきみたいなヤツだ。そして営業トークの巧みなヒトだ。そう思った。でも別に騙されていいし、というか騙されるしかない。だから私に営業トークなど無意味である。私には選択肢など、そもそもないのだから。私はいつだって選ぶ側ではなく、選ばれる側に存するニンゲンなのだから。


「ああ、それと精神疾患を持ってる方は審査99%通らないので、別の病気ってことにしましょう」

 でしょうね、とあえて私は声には出さず答えた。そして嘘だなと思った。トリプルナイン通らないだろう。そのような気遣いは不要なのに。

「クローン病ということにします」

「クローン病?」知らないようだった。

「難病指定されていてかつ外からはわからない内部疾患なので、都合がいいとおもいます」

 都合がいい、失礼な言葉だ。この言葉をクローン病の当時者が聞いたらどうおもう?

 なんてこというんだと怒られるに決まってる。そんなことわかってる。でも、正直に統合失調感情障害です、なんて言っても、賃貸保証会社の審査は通らない。


 不動産屋には七軒はしごした。自分の状況を話してこうこうこうだといったら

「わかりました。良い物件がみつかったら後日連絡します」

 その後、連絡などこなかった。どこからも。


「ではそれでいきましょう。どこの病院に通っているかの設定も考えておいてくださいね、お客様のそのご様子だとこんなこと言わなくても問題なさそうですけれどね」世辞などいらぬから、さっさと手続きを済ませてほしい。こっちは今の78000円の家賃でひいひい言ってるんだ、財布が、そして私も。

「ここに決めました、いい部屋ですし、壁も厚い。それにオートロック、不動産屋さんの言う通り良い部屋です」オートロックというが、深夜だけである、昼間は誰もが素通りできる仕組みになっている。なんの意味があるのかわからない。賃貸情報にオートロックと記したいだけだろう。

「他にも内覧できるところがありますがいいんですか?」しらじらしい。

「どうせここが一番いい部屋なのでしょう?」

「あはは、まいったな……わかりました。手続きしておきます」


 こうして新居に入居した私は愕然とした。洗濯機を設置しようとしたら洗濯機置き場がなかった。

「あはは!まいったな」と私は小鳥のように呟いた。

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洗濯機の選択肢 金沢出流 @KANZAWA-izuru

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