第40話

       ◆



 俺は北部戦域の外れで、小さな家を自分で建てた。

 建材を調達するのも難しく、それだけでも長い時間が必要だった。

 仲間と言ってもいい、北部戦域で暮らす浮民の男たちが協力してくれたので、それでも予想より早く家は建った。

 もちろん、この素人に建築仕事に集中する余裕はなく、俺は男たちと何度となく戦場へ足を運び、武具を回収し、たまにやってくる商人に売り払った。

 真新しい、と言っても、どこかくたびれている家の中にいると、感慨深いものがあった。

 いろんなことがあったが、結局、何も変わらなかったようなものだ。

 失ったものは確かにある。

 その代わりに、手に入れたものもある。

 俺は思い立ったその日、亡者から奪ったまま使い続けていた剣を手に、表へ出た。

 誰もいないところで、剣を掲げた。

 光がほとんど差し込まないここで、俺は剣にありったけの力を注ぎ込んだ。

 破魔の力が、呪詛の宿る剣を軋ませていく。

 鈍い光り方をしていた刃に、亀裂が生じ始める。それでも力を緩めなかった。

 唐突に、甲高い音を立てて、剣は粉々に砕けた。砕けた破片のひとつが頬を浅く切ったが、それだけが唯一の、剣が存在した痕跡だった。剣の破片は全て、溶けるように消えてしまったのだから。

 これが俺が受け継いだ、復讐の物語の終幕だった。

 俺はこうして自由になった。誰のためでもなく、自分のための人生が始まった。

 新しく普通の剣を手に入れ、仲間とともに戦場へ出入りする途中で、何度となく魔物の群れの襲撃を退けた。もう俺の神権を乱す剣ではない。魔物は俺の剣がかすめるだけで消滅し、都合がいいと言えばいいが、逆に仲間たちは俺を畏怖するようになった。畏怖する一方で、戦場へ行くときには俺は必ず誘われた。

 戦場では、何度か防衛軍の部隊と出くわした。

 手を貸す場面はほとんどなかったけれど、数回ほど、俺は横槍を入れるようにして彼らに助勢した。助勢して、さっさと逃げたのだけど。

 余計な揉め事は避けたかったし、防衛軍とはいえ、浮民とははっきりと立場が違う。

 いつか御使が口にしたように、俺の体の老化は遅いようで、仲間たちが「アルタは歳をとらないな」と冗談を言うようになったが、俺は自分の過去については話さなかった。

 恥ずべき過去だった。

 人であることをやめたことなど、とても口にできない。

 これは偶然に知ったことだが、いつの間にか俺は仲間内で「聖騎士」とあだ名されていた。

 俺がそれを知ったのは、おしゃべりな商人が、自分たちの護衛仕事をしないか、と誘ってきた時だ。

「あんたが聖騎士のアルタだろう? 魔物を寄せ付けないほど神権が強いそうじゃないか。ついでに剣術も巧みだとか。どうだ、護衛にならないか。危険も少なく、報酬も約束されている。うまくいけば、浮民じゃなく普通の市民になれるぞ。うまい飯も食えるし、柔らかい布団で眠れるし、酒にも女にも困らない。何より、自由だ。どうだ」

 俺は笑うしかできなかった。

 俺が聖騎士とは、皮肉が効いているじゃないか。

 護衛になる仕事は断った。

 俺はもうどこへ行くつもりもなかった。

 俺はこの地の果てで、静かに朽ちていくつもりだった。

 それが俺が俺に与えた罰であり、俺に唯一与えられたものだった。

 欲するものなど、何もない。

 ごくたまに、過去を思い出す。

 ウルダの背中を思い出す。

 もし、ウルダに再び会えるなら、俺はこう伝えるだろう。

「あんたの代わりになることは、俺の本当の役目になったよ」

 そしてこう、続ける。

「俺に俺の役目を与えてくれて、ありがとう」

 何もなかった俺に、使命を与えてくれたことに、感謝したい。

 そして使命を全うできた自分に、安堵する。

 戦場では今日も、死が積み重ねられている。怨みと憎しみが降り積もっている。

 誰もが使命と役目を、必死に果たそうとしている。

 死を厭わず。

 それが、悲劇だとしても。

 俺もまた、剣を手にとって、出かけていく。

 生きるために。

 最後まで残る唯一絶対の使命、生きるということだけのために。



(了)

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百年の復讐と呪詛の禍唄 和泉茉樹 @idumimaki

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