魔法の呪文
平 遊
呪文を唱えたその後は
千紗はずっと不満だった。
今か今かとその時を待っているというのに、その時は全くやってくる気配を見せない。
(告白だって、初めて手を繋いだのだって、私からなんだからさ……キスくらいは、智樹からして欲しいなぁ)
休み時間に頬杖を付いて見つめる先には、やっとのことで付き合いをOKしてくれた、彼氏の智樹の姿。恥ずかしがり屋のくせに人たらしの智樹は、いつだって周りを仲の良い男子に囲まれていた。
(智樹は私にキスをしたくな〜る、すごーくキスをしたくな〜る)
智樹にむかって指をクルクルと回しながら心のなかで呪文のように唱えていると、親友の亜希がひょいっと視界の中に入り込んできた。
「なになに、また何か『魔法』でも掛けてるの?」
そして、ニヤニヤしながら空いている隣の席に腰をおろす。
亜希は、小学生の時に千紗が本気で魔女になりたがっていたという黒歴史を知り尽くしている唯一の親友だ。
「……まぁ、そんなとこ」
「あのさぁ、千紗」
呆れたように笑いながら、亜希は言う。
「魔法の呪文は、口に出して唱えないと叶わないよって、言ったでしょ?」
実は、千紗が智樹に告白をすることができたのも、手を繋ぐことができたのも、亜希のアドバイスのおかげ。
いつだって心の中だけで望み続けていたことを、行動しなければ叶うわけがないと、背中を押したのは亜希なのだ。
まずは、心のなかで唱えているだけの魔法の呪文を口に出してみろと。それができたら、今度は望む相手に向かって唱えてみろと。
「放課後、誰もいなくなったら、口に出して唱えてごらんよ、魔法の呪文」
「……うん」
「あっ、相手が近くにいない時は、目を閉じて唱えると、より呪文の威力が増すみたいだよ?」
予鈴のチャイムとともにウィンクを飛ばしながら、亜希は席を立つ。
「頑張れ、魔女っ子千紗ちゃん♪」
「もぅっ!からかわないでっ!」
年より幼く見える顔を赤くし、千紗は頬を膨らませた。
放課後。
誰もいなくなったのを見計らい、千紗は教室でひとりそっと目を閉じた。そして、心のなかで唱えていた魔法の呪文を、口に出して唱え始める。
「智樹は私にキスをしたくな〜る、すごーくキスをしたくな〜る。今すぐにでもしたくな……」
ふいに人の気配を感じて目を開けると、千紗のすぐ目の前には智樹の顔があった。
「なっ?!智樹、なんでっ……」
「なんでだろうね?」
イタズラっ子のような顔で笑いながら、智樹は立てた人指し指を千紗の唇に当てて、千紗を黙らせる。
「可愛い魔女っ子さんの魔法に、またかかっちゃったのかも、俺」
そっと人指し指を千紗の唇から離し、その指で千紗の顎を僅かに持ちげると、智樹は言った。
「なんだか今、すごーくキスしたい気分なんだ。ねぇ、千紗。今、しても、いい?」
(本当は今までだってずっと、タイミングを狙ってたんだけど)
言葉には出さずに、智樹ははにかんだ笑顔を千紗へと向ける。
「えへっ、これじゃ私、本当に魔法使いみたいじゃん」
「これからもかけ続けてよ、魔法。俺だけに。こんな魔法なら、いつでも大歓迎……」
ゆっくりと、智樹の顔がさらに千紗へと近づく。
触れる吐息の熱さに、千紗の鼓動は俄かに高鳴り始めたのだった……
【終】
魔法の呪文 平 遊 @taira_yuu
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