秋来ぬと目にはさやかに見えねども風の音にぞおどろかれぬる

@antedeluvian

秋来ぬと目にはさやかに見えねども風の音にぞおどろかれぬる

 乃木坂46の3期生が7年を迎えた。


 グループにも、そのファンにも成長過程というものがあると思う。

 神宮の花道を手を握り合って駆けていく彼女たちの目には、メインステージがあった。6年前には、12人のアカペラでライブの開幕を告げたステージだ。


 2016~2017年は「卒業」という2文字が、もしかすると、今よりも重いものだったかもしれない。乃木坂46は橋本奈々未さんをはじめ、何人かの仲間との別れを経験した。


 別れから来る傷心をファンが癒す間もなく、そこには3期生が現れて、ステージに立っていた。そういうちょっと心が弱っている時というのは、ちょっと感傷的になってしまうものだ。そんなタイミングに3期生はよく居合わせていたように思う。


 2019年2月は、西野七瀬さんの卒コンがあって、前年の暮れには4人の1期生が卒業していった。必然的に、楽曲のオリジナルポジションには穴が開くことになり、そこに入る3期生も多かった。感傷的なファンは、目の前で変わりゆくものに対して免疫がなかった。そんなファンは、秋元真夏さんが乃木坂46の活動に合流して1年間も言葉を交わさなかった西野七瀬さんの気持ちを追体験したと感じたかもしれない。「自分の(信じていた)ポジションが、奪われてしまった」のだと。


 乃木坂46はもともとAKB48の公式ライバルを標榜していたから、厳しい目に晒されてきた。3期生が乃木坂46の中で辿って来た軌跡は、そんな先輩たちが経験してきたことを思わせる。乃木坂46というグループの中にいながらにして厳しい目に晒される時間が、彼女たちとそのファンを強くさせたのかもしれない。


~~~


 2023年の真夏の全国ツアーをキャプテンとして過ごした梅澤美波さんは、神宮公演の終わりに、観覧に来ていた秋元真夏さんの前で涙を流した。乃木坂46を背負うという重圧が彼女に圧し掛かっていたのだ。


 梅澤美波さんは昔から分かりやすく強がる人で、初めの頃は不安もよく口にしていた。みんなの中の梅澤美波像と本来の自分の中で揺れ動いていた。同期はそんな彼女をずっと支えてきた。


 2021年11月に梅澤美波さんは副キャプテンとして就任。それを自らの口で報告する寸前の表情は鬼気迫るものがあった。あの時に、すでに彼女の頭の中には乃木坂46を引っ張っていく未来がそう遠くないところに描かれていたのだろう。間近でキャプテンの秋元真夏さんを見続けて来て、その背負うもの、重圧、覚悟を我が事のように受け取って来た。


 キャプテンだった秋元真夏さんに掛けた数々の自分の言葉は、その姿を見た梅澤美波さん自身の胸の中に蘇ったはずで、それが涙となったのだと思う。彼女はあの時に誰がを支えて、同時に未来の自分も救ったのだ。


 2021年の9月4日に大園桃子さんが卒業をして、12人の3期生は5年で終わりを告げた。もともと、彼女はアイドルをやるのが奇跡みたいな人だった。そんな彼女が最後には笑顔で旅立って行ったことが、3期生自身に自信と勇気を与えたことは間違いがない。「自分たちのやってきたことは正しかった」と胸を張って言えたのだ。


 それが「僕が手を叩く方へ」という楽曲の歌詞に大きな説得力を与えている。彼女たちはもう誰かを自分の意思で導いていけるのだ。自信と勇気をもって。


 そして、ファンもまた7年をかけてそれを受け取る準備を済ませることができた。共に成長を遂げてきたのだ。そのお互いの成熟と信頼が、今の3期生の、そして、乃木坂46の強みだ。それが「僕が手を叩く方へ」のクラップの一体感となって具現化する。心を震わせるのは、この7年の思いがこもっているからだ。


~~~


「未来の答え」という3期生楽曲がある。センターは山下美月さんと久保史緒里さん。 1・2期生のいない乃木坂46として最初の表題曲は「人は夢を二度見る」。センターは山下美月さんと久保史緒里さん。まさに、ふたりは未来の答えだった。


「人は夢を二度見る」の1年前、5期生が加入して初めての表題曲「Actually...」は、乃木坂46にとって新機軸の楽曲だった。そして、同時に従来の乃木坂46を体現したような「価値あるもの」も同時に収録された。そのセンターは久保史緒里さん。彼女は「僕が手を叩く方へ」のセンターでもある。乃木坂46としての道筋はそうしてじっくりと描かれてきた。


「価値あるもの」では、久保史緒里さんが、生田絵梨花さんの乃木坂46として最後のソロ曲「歳月の轍」の中でばら撒いた楽譜を拾う。齋藤飛鳥さんの卒業コンサートでは、齋藤飛鳥さんがこれからの乃木坂46を見送るように「人は夢を二度見る」を披露した。それはまるで継承の儀式のようなものだ。


 その継承の先に、先輩たちのルーツを守るという思いがある。たまの現場で顔を合わせ、ライブに来てくれた先輩たちに、「ここが居場所だったんですよ」と胸を張って言えるために。それが憧れと夢を与えてくれた人たちへの彼女たちなりの恩返しなのだ。


 お互いの手を取り合ってメインステージへ駆けていく3期生を見て、卒業していったメンバーはステージでライトを浴びていたあの頃を思い出して、きっとあれは青春だったのだと思ったのではないだろうか。


 そして、暑かった神宮が終わりをつげ、夏は過ぎていく。3期生はそんな季節にやって来た。光を作るという希望の使命を胸に。




 秋が来たことは、はっきりと目で見えるわけではない。だが、爽やかな風の音で秋がやって来たことに気づかされるものだ。



written by antedeluvian

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

秋来ぬと目にはさやかに見えねども風の音にぞおどろかれぬる @antedeluvian

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ