122.無実の罪

 リオは副団長ヘイグを引き連れてベルモント城へと赴いた。


 街の奥まで馬車を走らせるとそのうちに広大な敷地に荘厳な城が建っているのが見えた。馬車を降り、門をくぐると、広大な庭園が広がっている。しかし、評判の高いベルモント城の庭園は、今夜は月明かりがなくよく見えない。

 彼らは案内されるがままに豪華な調度品と美術品が並ぶ廊下を進む。その先の辺境伯の執務室に辿り着く。


 だが、そこで待っていたのは予期せぬ人物だった。


「こんなところで会うとは奇遇だな」

「――――っ」


 悠然と執務室の椅子に腰掛けていたのは、赤髪片目の少年......第四王子アーサーだった。

 一気にヘイグとリオの表情が曇る。部屋の中は薄暗く、シャンデリアの光が赤髪の少年を不気味に照らす。


「......」

「......なぜアーサー殿下がここに?」


 リオは低い声で尋ねた。

 明日には『王選び』の第三の試練が始まる。王族も貴族も皆王都に集まっている。その中で、ここにアーサーがいるのはあまりにも不自然だった。


 アーサーは冷たく笑い、パチンと指を鳴らした。鋭い音が響くと同時に扉が開き、武装した兵士が中に入ってきた。10、20、30......兵は次々と増え、二人を取り囲む。


「......これは、一体何の真似ですか?」

「――今よりレオナルドと金獅子の団を、!」


 ザッと兵達が長槍を突き立てた。


「俺はレオナルド殿の出生についてかねてより疑問に思っていた。そこである女を見つけてきた」


 アーサーが視線を向けると、部屋の隅に女性がいる事にリオ達は初めて気づく。見知らぬ人間の女性だ。格好から修道女である事はわかる。


「タラン修道院の修道女を務めている女だ」

「......?」

「当時、レオナルド殿の出生の折、産婆を務めたらしい」

「――――!!」


 アーサーの言葉に、流石のリオも驚きを隠せなかった。


「突然何をおっしゃっているのです? 産婆ですって? まさか、殿下は私の出自についてお調べになっていたのですか?」

「女。発言を許可する」


 アーサーはリオを無視して修道女に発言させる。修道女はリオを見、そして目を大きく広げた。


「ま、間違いございません。王子様は玉のようなお顔立ちの金髪の王子様でした。大きくなられれば丁度あのお方のように凛々しくなられていたに違いありません。しかし、ある一点......ある一点だけが異なります。王子様の目の色は赤ではなく、青でした! 本物の王子様は、澄んだ青い瞳のお方でした! アーサー殿下や陛下と同じ青。あのような、悍ましい血のような赤色ではございません! !」


 しんっと場が静まりかえる。


「......当時母の出産を手伝ったのは使用人メアリー・マッコーエンただ一人です」


 リオは静かに反論した。


「あ、あの女が? とんでもない!」


 修道女は叫んだ。


「たしかにマリア様はとても心優しい素晴らしい方でした。一度しかお会いしませんでしたが、あのように素晴らしい方がこの世にいるのかと感激したものです。それに引き換え、使用人の女......メアリーでしたっけ? あの女はなんと容量の悪いことか。彼女のせいで何度お産に失敗しそうになったかわかりません。更には女だと言うのに血を見ただけで卒倒する意気地のない使用人でした。あの女が一人で産婆なんて務まるわけがありません! だからこそ、私が呼ばれたのです。レオナルド王子がこの手で無事お生まれになって、そしてマリア様と同じ美しく澄んだ青い瞳である事に気づいたとき私は大きく胸を打たれました。今でもよく覚えています!」

「......」


 リオはひたと赤い瞳で修道女を見つめている。睨まれたわけではないが凄みを感じたのか修道女は息をのんだ。

 何も言わないリオの代わりに、ヘイグが呆れたように深くため息をついた。


「何をたわけた事を。どうせアーサー殿下に言わされているのだろう」

「ち、違います!」


 ヘイグが面倒くさそうに修道女を一瞥すると、アーサーに向き直った。


「アーサー殿下、貴方の魂胆はわかっている! その女に虚言を言わせて私達を無実の罪で捕えたいのだろう! 生憎、私達は騎士の称号を得た、れっきとした貴族だ。リオに至っては王候補の一人という重要な立場だ。それをそんな平民の言葉のみを根拠に捕まえられるわけがないだろう」

「ひひひっ......ところが、お前達が平民になったらどうなるかな?」

「......なに?」

「お前達金獅子の団の騎士号は建前上レオナルド殿が王候補になるために暫定的に仕立て上げた身分だ。もしレオナルド殿が『王選び』を落選すれば金獅子の団全員が平民に成り下がる。謀反の疑いのある平民を王子が裁く事は簡単な事だ。たとえ確固とした根拠がなくともな」

「それは、『王選び』に俺が落ちればの話でしょう?」

「おや、レオナルド殿は相当自信がおありのようだな。それもそうか。才能あふれるレオナルド殿はまさか、目の前の青二歳に負けるはずがないと思っておられるのだろうからな。だが、一つ予言しておく。次の第3の試練で

「......。殿下、まさか既に試練の内容をご存知なのですか?」

「ひひひ......そんな訳ないだろう。試練の内容を知る事ができるのは当日になってからだ」


 アーサーは冷ややかに笑う。リオは確信した。アーサーは第3の試練の内容を知っているのだ。


「どのみちここで殿下が俺達を捕えても、俺はすぐに解放され明日には王都に赴く事になります。何故なら、俺が......勿論アーサー殿下も、その場にいなければ第3の試練が始まらないからです。いくら殿下とて、根拠のない罪の取り調べで『王選び』を阻害するような事はできないはず。それをしてしまえば元老会を敵に回すことになる」

「第3の試練は本人がいなくてもできるさ」

「......どういう事ですか」

「お喋りは終わりだ! その者達を連行しろ! 抵抗しない方が身のためだぞ」


 途端、ヘイグは背中のバトルアックスを取り、リオは左手でロングソードを引き抜いた。


「まさか、この期に及んで、抵抗するのか? 馬鹿な奴らだ」


 アーサーは兵士達に向けて命令した。


「その二人を捕まえろ! 抵抗を続けるのであれば殺してもかまわん。第3の試練が終わるまで伏せていれば良いだけの事だ」


 アーサーに反応して兵士達が一斉に長槍を突き出した。

 と同時に、二人は息を合わせて下に体を倒した。兵士が互いに互いの槍を刺し、血がどっと流れる。

 

「――――フンッッ」


 ヘイグがバトルアックスを一振りする。真上にできた長槍の壁を破壊した。空気を切り裂くような音が執務室に響き渡り、砕けた槍の破片が床に散らばった。二人は立ち上がり、背中合わせになる。


 ヘイグがバトルアックスを振るい、一振りごとに何人もの敵を投げ払っていく。『断罪のヘイグ』の名は伊達ではなく、刃の振り下ろしと共に、兵士たちは空中で舞い、床に叩きつけられて動かなくなる。部屋は血の匂いが充満し、戦闘の激しさが増していく。


 一方、リオは右手の痛みが激しく、彼の表情には苦悶の色が浮かんでいた。左手でロングソードをかろうじて操る中、体力は次第に消耗し、動きが鈍くなっていった。剣が空を切り、敵の防御を突破するたびに、汗が額から滴り落ち、床にぽつぽつと落ちる。

 リオの怪我した右手は、添え木が壊れたことで傷が開き、血がじわじわと流れ出していた。呼吸が荒く、息も絶え絶えになる。途中で、脇腹を突かれ、痛みがさらに押し潰すように襲ってきた。リオは血を吐き、体勢が崩れ、膝をつくと床にそのまま倒れ込んだ。


「ひひっ......、剣聖と褒めそやされたレオナルド殿でも深手を負っていればこれだけの兵を相手にできないだろう?」


 リオは表情に警戒の色を浮かべた。


「そんな顔をしなくても、最初からその右手の事は知っていた。可哀想に、仲良しだったハーフエルフに裏切られて斬られたのだろう?」

「......誰からそれを......」


  リオはアーサーの言葉に驚きの色を隠せず、警戒の目を向けた。


 その時、


 ――ギイィ


 木製の扉が軋みながら開いた。


 そこに現れたのは、ハイエナ顔の獣人、ルーナ隊副隊長ジョエルだった。


「ジョエルか......!? 来てくれたのか!」


 彼は野営地にいるはずだが、リオ達の危険を察知して助けにきてくれたようだ。思いもよらない増援にヘイグの目に期待の光が宿る。だが、一方でアーサーは冷たい笑みを浮かべていた。


「他の奴らはどうした!? 一人で来たのか!?」


 ヘイグは質問しながら駆け寄ろうとした。


「待て! ヘイグ!」


 が、リオが止めた。その様子を眺めながらジョエルは静かに言った。


「私が、話したのですよ」


 ジョエルの表情は友愛の色はなく、冷酷な面持ちだった。


「......今、なんと言った?」

「ですから、私が、アーサー殿下にリオの事を話したんですよ。間抜けなハーフエルフにリオが斬られました。今なら簡単に彼を捕まえられますってね」

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