121.アランの脱退
「は? 心配?」
薄暗いテントの中、ぎろりとヘイグがアランを睨みつける。目がらんらんとし、獣のように牙が剥き出しになる。アランも獣人だが、灰狼の獣人であるヘイグとは迫力が全然違う。
「いくらルーナでも片目を失った女性が一人で野外をうろつくのは危険です。早く皆で探しに行くべきです」
「ルーナがリオを斬ったんだぞ! どうしてあんな女の心配なんかできる!」
ヘイグの声が響き渡る。彼の怒りはテント全体に広がり、まるで空気を震わせるかのようだ。アランも負けじと睨み返すが、瞳に揺らぎがあった。
「話を聞く限り、ルーナはそこの馬鹿野郎に首を絞められて殺されそうになったんでしょう? 正当防衛ですよ!」
「......は? 正当防衛? そもそもリオを追い詰めたのはあのくそ女だろう」
「る、ルーナだって追い詰められていました!」
「知ったことか! 勝手にストレスためてリオに八つ当たってただけだろう!」
ヘイグは苛立ちを抑えきれず声を荒げる。それとは裏腹にリオは何も言い返すそぶりは見せない。ただ呆然と天井を見つめていた。
「ジョエル副隊長!」
話が通じないヘイグに呆れて別の名前を呼ぶ。アランに名前を呼ばれてハイエナ頭の獣人は小さくため息をついた。
「貴方だってルーナ隊の一員でしょう! こんなふうに言われて悔しくないんですか!? ルーナが心配にならないですか!?」
「......金獅子の団はリオあってのものです」
ジョエルはそれだけ言うと、押し黙って下を向いた。その一言にアランは衝撃を受け、ジョエルの冷静な表情に苛立ちを覚える。
「グレンさん!」
次に声をかけたのはグレンだった。いつもは声高に家柄の自慢話をする彼だったが、今はまるで別人のように威勢がない。
「僕は正直貴方の事あまり知りませんけど、前にルーナを好きだの妾にするだの言っていたでしょう!? なんとか言ったらどうですか!」
「お、俺は......。だめだ、なにがなんだかさっぱりわからない。だって......ルーナがリオを傷つけるなんて......そもそもおかしいだろう......?」
グレンは現状を受け入れられず混乱しているようだった。アランは失望し、視線をそらす。
「もう良いです! ヘンリーさん!」
アランは最後に純エルフのヘンリーを見た。だが、目があった瞬間、言葉を失った。ヘンリーの目は思いやりと同情に満ちていた。だが、アランの味方になるつもりはないようだった。
《皆リオの夢に憧れを抱いて集った》
《僕達は、金獅子の団に......戦に心を奪われてしまった》
彼が過去に言っていた言葉がアランに重くのしかかる。ヘンリーも他と同じ考えだ。ルーナの事など気にしていられない。今彼にとって重要なのはリオの容態とこれからの金獅子の団についてだ。それはドワーフのヴィクターやケンタウロスのベンも同様のようだ。
「リオに文句があるなら金獅子の団から出ていけ!」
普段はひょうきんにガハハハと笑うベンが、今は恐ろしい形相でアランを睨んでいる。
「......!」
アランは一瞬言葉を失い、その場に立ち尽くした。
男達の視線が彼に集中し、重圧に押しつぶされそうだった。
アランは深く息を吸った。
レウミア城戦を機に貴族社会での自分の居場所を失い家を飛び出したアランは、やっとの思いで金獅子の団に入団した。入ってからは周りについていくのに必死で何度も辛い思いをした。それでも、最近はやっと剣士として何か掴めてきた気がした。ここで、こんな所で、簡単に団を抜ける事などできない。
だが......
(これまでの......苦労も喜びも全てルーナがいてこそです......! 僕はそもそもルーナの剣に憧れて入団したんです! リオ団長じゃない!)
アランは、心の中で決意を固めた。
「え、ええ! 出ていきますよ! こんな馬鹿の集団! 僕は付き合いきれません!」
「あ、アラン君......」
ヘンリーは心配そうに何か言いかけた。
「放っておけ! そんな雑魚、居ても居なくても変わらんだろう!」
ヘイグが更に冷たい言葉を言い放つ。ヴィクターが「ちょっとヘイグちゃん落ち着きなよ〜。ベンちんもさ〜」となだめるが、聞く耳を持たない様子だった。
アランは、スッと頭を下げた。
「今まで......ありがとうございました......」
それだけ言って、テントから出ていった。
「......貴方まで出ていく事をルーナは望んでないはずです」
彼の去り際、ジョエルがそっと言うが、アランは振りかえらなかった。
リオはその光景を何も言わずに見守った。
「ちっ......なんだあいつ......」
ヘイグが吐き捨てるように言う。
「――報告!」
その時、テントに騎士が一人入ってくる。
「勝手に入ってくるな! 緊急の会議があると言っただろう!」
「す、すみません! しかし、ベルモント辺境伯からリオ団長と至急ベルモント城に来て欲しいという申し出がありまして......」
「......なに!?」
騎士の言葉にテント内の空気が一変する。
ベルモント辺境伯とは、ガルカト王国の辺境の地ベルモント領の当主だ。今まさに金獅子の団が滞在しているこの森はそのベルモント領に属する。
ベルモント辺境伯はどの王子の派閥にも属しておらず、リオとも交流はない。遠征で通りがかっても会って話すような仲ではないはずだった。
「今はそれどころじゃ......」
ヘイグの言葉を途中でリオが遮る。
「いや、大丈夫。動けるよ」
「り、リオ......。だが......」
「今会いたいと言ってきたって事は、俺の派閥に接触したいのかもしれない。辺境伯は有力な貴族だ。多少無理をしてでも行くべきだ。......ジョエル」
重い腰をあげながらリオがハイエナ男の名を呼ぶ。
「はい」
「今回の事はまだ他の騎士達に伏せておきたい。混乱を避けたいから......いや、俺自身がまだ気持ちを整理できてないから......。特にルーナ隊ではルーナが不在な事を不審に思う者も出てくるだろう。しばらくの間ごまかしてくれないか?」
「わかりました」
「......ありがとう。ルーナがいない今、ジョエル、君が次のルーナ隊隊長だ。頼んだよ」
「ええ、任せてください」
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