118.じゃあ兄貴が私と結婚してよ
いよいよ、敗戦が続くようになった。
金獅子の団の信頼関係がますます悪化していく。それだけならまだしも、ルーナが弱くなったせいで、リオはルーナ隊を神経質に気にし、思うように戦略をねられない。そのせいでまた、金獅子の団は敗戦し、団もルーナも弱くなっていく悪循環だ。
金獅子の団の連戦連敗に、世間の失望は日に日に募っていく。人々は叫んだ。
――金獅子の団は異種族の団だからうまく行かないんだ!
――獣人を抜けさせろ!
――そもそも人間だけの騎士団にしろ!
――異種族同士交わるのは穢らわしい!
金獅子の団では、獣人や人間以外の種族が居づらさを感じ、少しずつ少しずつやめていった。
*
暗がりの中にぽつんと少女が立っている。人間の少女は静かな柔らかい声で言った。
《......ルーナが、金獅子の団に入れてくれたから......戦場を教えてくれたから......この景色が見れる。この景色は......ゲイリーが見ていた......景色......。......だから......ありがとう......》
わずかに微笑みを浮かべる少女パトリシア。ゲイリー__ルーナにとっては天敵に近い存在だった男の娘。無愛想で、最初はルーナの事を殺そうとしていた......だけど本当は優しい子。
――――違う!
ルーナは頭を振った。
途端、少女はドロドロと真っ赤な血に塗れて本来の愛らしい姿を崩していく。もう何度も夢に見た姿だ。血まみれの少女は姿を見せる度にルーナを責めるように睨む。
《お前のせいだ》
《お前が弱いせいで私が犠牲になった》
《そもそもお前が無理矢理金獅子の団に引き入れなければ......あのまま孤児院に戻っていれば死なずに済んだ!》
《戦場に関わる事も、人を殺すこともなかった》
《お前のせいで私は死んだ! お前のせいだ!》
――――違う違う違う!
ルーナは何度も頭をふった。自分を責め立てるパトリシアの目線に耐えられない。
――――そうだ、兄貴が......レオナルドが全部悪いのだ。
そう思った瞬間、ざわつく頭がおさまった。
――――あいつがパトリシアを見捨てた。私は悪くない。
荒くなった呼吸を整え、ルーナはうすら笑いを浮かべる。
「オオオオオオッッッ」
その時、男達の猛々しい雄叫びが上がる。はっとしてルーナは今の状況に思考を戻す。
今は戦場。男達の戦いの熱気に包まれている。雄叫びは味方から出た物ではない。敵からだ。反対に味方は重々しい雰囲気だった。
「敵軍に砦を取られた! 撤退だ!」
かくしてこの日の戦も敗戦に追い込まれ、金獅子の団は撤退を余儀なくされた。
遠征から帰還する男達の足取りは重い。
「ちっ、またかよ」
「この所敗戦続きだ......」
「世間の異種族に対するわだかまりのせいで俺達の士気まで下がっちまってる」
「おまけに、『赤い鎧』は弱いまんまだしよ」
騎士達がちらりとルーナを見る。
「......」
ルーナはただ黙って馬を走らせた。
「片目はもう治らねえんだ! ルーナ隊長はこれからも一生弱いまま! おまけにガキの反抗期みてえに団長命令無視しやがる! あいつのせいで一体何人死んでるんだよ! 戦士止め時なんじゃねえの?」
苛立った騎士がもはや遠慮せずにルーナに聞こえるように大声をだす。
「おい! やめるだよ!」
「......だってよー」
牛の獣人デニスがたしなめる。が、騎士達のルーナに対する非難の目は変わらない。
王都への帰り道、野営地に一泊することになる。
夜、リオの呼び出しを受け、ルーナはリオのテントまで足を運ぶ。相変わらずリオとは疎遠だ。兄貴とは呼ばず、もう前のように親しく接したりはしていない。ルーナの足取りはリオのテントに近づくにつれ重くなっていく。テントの前に立ち、足を止めた。
「もう......限界だ!」
「......!」
「......だ!」
テントの中から言い争いの声が聞こえた。すると、副団長ヘイグが真っ赤な顔をしてテントから出てきた。ヘイグはルーナに気づき、嫌悪の表情を浮かべる。
「お前の顔など見たくなかった。殺したくてたまらなくなる」
「......」
ルーナが無視してテントに入ろうとする。が、グイッとヘイグに服を掴まれた。
「俺達は団の事で手一杯だ! 国民からの風評被害! 異種族の睨みあい! 次々と団を抜けていく仲間達! おまけに、お前だ! お前が更に問題を増やす! いい加減にその態度をどうにかしろ! 命令にちゃんと従え!」
「......」
ルーナがバッと掴まれた所を振り解く。数秒の睨み合いが続く。やがて、ヘイグは舌打ちをして去って行った。
ルーナが入れ替わるようにテントに入る。中にはリオがただ一人いる。ついさっきまでヘイグと口論した後であろうリオは地面にあぐらをかき、うなだれていた。やがて、小さく口を開いた。
「......話がある。少し歩こう」
「......ここでいい」
「ここじゃ周りに聞かれる」
「別にいいでしょ」
「......来るんだ」
「......」
ルーナはリオに連れられて野営地から歩いた。野営地は森林に囲まれた場所に設置されている。大自然の中少し歩くと、そよそよと流れる小川のある所まで出る。月の光に照らされて川の水がちらちらと輝いている。
「......もうだいぶ暖かくなってきたな」
リオが歩きながらそう呟く。
「明日、王都に着いたら第3の試練が始まる」
「......」
返事はしなかったが、ぴくりとルーナの長い耳が動く。そんな重要な事を誰も教えてはくれなかった。
「誰かから聞いてたか?」
「......」
終始無言を貫くルーナにリオは深くため息をついた。小川の手前まで行くと、立ち止まった。
「話って、何?」
「ルーナ......」
リオは振り返った。
「お前は......もう剣を持つのをやめろ」
「......は?」
ルーナは自分の耳を疑った。呆然とし、呼吸すらも忘れる。
「もう戦士をやめるんだ。ルーナ隊隊長はジョエルが引き継ぐ」
「......は、......は? な、なに言って......なに勝手に決めてんのよ......」
「ルーナ、お前は弱くなった。お前は物をちゃんと考えるから、人を殺すことに抵抗を感じるようになったんだ。それにその目。片目だけじゃ、視界が狭まり、奥行きもわからなくなる。わかるか? お前はもう昔のように強くなることは二度とない。俺はもう、お前を守りきることはできない。......だから、剣を捨てるんだ」
「......っ」
その時、初めてルーナは深くプライドが傷ついた。周りに何を言われても無視し続けた。でもルーナにとってはリオが全てだった。リオにそれを言われてしまったが最後、ルーナは深く自分の信じていたものを壊されたような感覚を覚えた。一気に頭が熱くなっていく。
「......それで?」
「......え?」
「それで、なに? 剣を捨てて街で体でも売れって言うの?」
「......そんなわけないだろ。そんな事しなくたって生きてく方法なんて探せばいくらでも」
「あるわけないでしょ! 私に居場所なんて!」
ルーナはカッとなって自分が抑えられなくなった。
「生まれてきてから、殺すこと、盗むことしかしたことがない! 簡単な計算もできない。文字も読めない。人間でもない、エルフでもない、ハーフエルフの私を受け入れるような場所なんて、どこかにあるって、あんたは本気で思ってるわけ? あんたに私の孤独なんてわからない! あんたは、天才で! 人間で! 王子様だもの!
《ふざけんな! 俺は戦場で負け知らずって言われた男だぞ!》
不意に、どこかから声が聞こえた気がした。実際に聞こえたのではなく、ルーナの遠い記憶だ。
《......俺のいるべき場所はこんな所じゃねえ。こんなの、俺じゃねえ》
(親父......)
ルーナの父バリーは片足を失った。だが、彼が失ったのはそれ以上の物だった。今のルーナにはそれが痛いほどよくわかった。こんな、たった、片目一つ失っただけで、ルーナは全てを失くしたのだ。
「じゃあ兄貴が私と結婚してよ」
「......え?」
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