117.男達の夢ははかない

 青の都戦を境に、金獅子の団に少しずつ敗戦が増えていった。街の獣人差別の空気感が多種族騎士団である金獅子の団に影響した事が原因の一つである。加えて、建国記念祭のルーナ隊スパイ騒動も団の中で広がってしまい、獣人に対する疑念が本格化した。


 本当に金獅子の団にスパイがいるのではないか? 

 青の都戦の時みたいに、既に獣公国の獣人が金獅子の団に紛れているのではないか?


 ある日、訓練場でホビットの兵士と獣人の弓兵達が口論を始めた。ホビットが怒りをぶつけるように言った。


「お前達獣人兵の援護が遅かったから俺達はあの戦いで大損害を受けたんだぞ!」

「負けたのはお前らの責任だろ、クソホビット共! 俺達は全力で駆けつけた!」

「間に合わなかったら意味ねえだろ! 大して強くもない、足の速さだけが取り柄のボンクラ共が。獣みてえに知能低いくせに一丁前に反論してくんじゃねえ。ああ、そうか、前にたしかルーナ隊の方でスパイ騒動があったって聞いたな。お前らが本当はそのスパイなんじゃないのか? それでわざと負け戦にしてるとか? 丁度獣人だしよ」

「ふざけんな! お前人の事ばっか言ってっけど、そもそも前線維持できなかったのはどいつだよ! お前らホビットのちっちぇえ体で一体何人敵を倒せたんだよ、え?」


 このように獣人に対する周りのあたりが強くなった。それが獣人達の怒りを増幅させ、溝は深まっていく。

 更に団の不信感は加速していく。


 獣公国だけでなく、他の独立国の種族もスパイを忍ばせている可能性もあるのではないか?

 本当に異種族の仲間を信頼できるのか?


 その内に、獣人だけでなく、他の種族間でもいがみ合いが増えた。種族それぞれ違うからこそ強かった金獅子の団が、互いの違いを認められなくなった。団の中での連帯感は次第に薄れていった。


 そして、金獅子の団の不調の最大の要因は、ルーナだった。


 はっきり言って、ルーナは弱くなった。

 青の都戦では戦場で戦う事に迷いを感じ始めていた。それがパトリシアを失って以来、剣を握る事すら抵抗感を感じるようになった。相手の急所を示す赤い線ももう全く見えない。人を斬る事に迷いを感じる。アーサーやリザードマンの少年の事が頭から離れない。必ずどこかにはいる「自分を憎む誰か」が気になってしょうがない。更に、片目が見えなくなったせいで、視界が悪くなり、剣の腕は更に落ちた。『妖精の粉』のような治癒系の魔法具がこの世には存在するが、それらは全て、傷口が塞ぐのを早めるだけにすぎず、元の状態に戻るわけではない。ルーナの片目が再び見えるようになる事はない。そのうちに、ルーナが足を引っ張る場面すら出てきた。ある時は、仲間を傷つけてしまう事もあった。一向に調子が回復しないルーナに対して、他の仲間たちも次第に白い目を向けるようになっていった。


「ルーナが人を斬る事に迷っているのは女だからだ」

「さっさとルーナをやめさせればいい。女に戦なんて元から無理だったんだ」


 そう言う者も現れるようになった。

 ルーナは次第に他の仲間達に心を閉ざすようになった。


 更に、ルーナは青の都戦以来リオを信用しなくなった。リオがパトリシアを見捨てた事を赦せずにいた。兄貴呼びしなくなり、命令も無視するようになった。


「おい、ルーナ!」


 ある時、リオがルーナを呼び止める。


「お前また命令を無視したな」

「......」

「おい! 聞いてるのかルーナ!」

「......あんたの命令が正しいとは限らないわ。私は私の判断でルーナ隊を動かす」


 ルーナは冷たい目でリオを睨みつける。ルーナの態度に隣で聞いていた副団長ヘイグが憤怒する。


「いい加減にしろ! 団全体の勝敗に関わるんだぞ!」

「あんな奴の命令なんか聞いてらんないわよ。また部下を見捨てられるかもしれないもの」

「パトリシアの事なら、もう話は済んだはずだ!」

「は? 何も終わってないわよ! あいつは......レオナルドは私の部下を見捨てたのよ?」

「あれは、仕方なかった事だ! リオは最善を尽くした! お前のそれはただのやつあたりだ!」

「最善? 最善でパトリシアを死なせたっていうの? あいつが

「貴様、もう一回言ってみろ。私の前でリオを侮辱する奴はお前であっても許さない」


 ヘイグがルーナの胸ぐらを掴み上げる。今にもルーナを殺してしまうのではないかという程冷たい目をしている。ヘイグは伝説の6大英傑だけあって表情に凄みがあり普通の人ならば震え上がりそうだった。だが、ルーナはかえって逆上しキッと睨み返す。


「は? なに? やんの? あんた私に勝てると本気で思ってるわけ?」

「試してやろうか?」

「もうやめろ!」


 ルーナとヘイグの睨み合いをリオが間に入って止める。

 こんなやりとりを度々するようになり、ルーナはリオや他の英傑達とも疎遠になった。



 遠征中のある日、猫の獣人アランは1人とぼとぼと野営地を歩く。金獅子の団のキャンプは、かつての和気藹々とした雰囲気から一変していた。皆それぞれ表情に嫌悪感と不信感が浮かんでいる。どこからか誰かが囁くように会話しているのが聞こえる。


 ――ドワーフが俺達を見下す

 ――ケンタウロスこそただの見栄っ張りじゃないか

 ――獣人さえいなければ......


 アランは深くため息をついた。


(今だけ、ですよね......? またもう少ししたらまた......元の金獅子の団に戻りますよね?)


 アランは誰に言うでもなく心の中で問いかけた。かつて憧れを抱いて入団した金獅子の団がいつの間にかこのような状況になり、胸が張り裂けそうだった。


 ふと、向こう側からルーナが歩いてくるのが見える。表情が険しい。ルーナは以前も普段から不機嫌そうな顔だったが、今は何か危ういような異様な雰囲気があった。


「ルーナ、あの......」

「......」


 アランは、周りから孤立するようになったルーナに唯一心配気な目を向けていた。だが彼の同情の眼差しに、ルーナはかえって苛立ちを感じる。ルーナは無視しようとした。


「......」


 が、その矢先、ふと足を止めた。


「......あんた、前に、なんで傭兵やってるのかって私に聞いたわよね」

「......? ......ええ」


 アランは以前の記憶を呼び覚ます。


 ルーナが傭兵を続ける理由。


 それは大切な人__リオの役に立ちたいからだ、と言っていた。そして、もう一つ、贖罪のためだとも言っていた。


「あの時は色々言葉を並べていたけど、本当はどれも違かったのかもしれないわ」

「......」

「......本当は、――


 ルーナはそれだけ言うと、再び足を動かした。仲間達から離れた場所に倒木がありそこに腰掛けて黙々と一人で剣の整備をしだした。ルーナの丸まった背中をいつまでもアランは見つめる。


「心配かい? アラン君」


 純エルフのヘンリーが聞いた。彼は、焚き火に向かって丸太に座り、木彫りを彫っていた。


「ルーナは見かけ程強くないんだと思います。......女の子ですから。......だから、僕が守らないと」

「アラン君」


 ヘンリーが静かに言った。


「ルーナは女だから弱いんじゃないよ」

「......」


 ヘンリーはそう言って、木彫りを地面に置いて手を休めた。目の前の焚き火をじっと眺め、言葉を続ける。


「僕達は永遠に点の世界に囚われている。皆リオの夢に憧れを抱いて集った。未だ誰も成し得なかった偉業__『ルーデルの統一』。それはあまりにもまぶしくて美しく、そして儚い夢。......まるで麻薬だ。僕達は、金獅子の団に......戦に心を奪われてしまった」

「......」

「だけど、果たしてリオの夢の先に__平和になった世界に荒くれ達の居場所はあるのか? 夢は麻薬だ。夢を見ている内は幸せを感じている。それで不幸になる人達の事なんか気にせず頭が真っ白になる。でもそれが終わってしまったら......その先は何が待っているんだろう。つまらない都の警備でも引き受けるか? それとも再び争いを求めて野盗に身を落とすか? もし......もし本当に僕達の夢が果たされたら......この世界に魅了された男達を待っているのは、だ。それでも僕達は夢を見ずにはいられない、憧れずにはいられない」

「......」

「......ルーナは、バカな男達がバカに見えるだけだよ」


 ヘンリーは静かに笑った。

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