114.片目の潰れたルーナ

 ルーナの右目から赤黒い液体が膨れ上がっていく。と、一気に噴水のように噴き出てこぼれた。血が彼女の顔を伝い、地面に滴り落ちる。


「いいぃ――――」


 痛い、痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。


 焼けるような痛みに悶絶しそうになる。現実味の無い感覚に襲われる。夢の中にいるような気分だった。


 。斬られた右目はもう何も見えない。左目すらもうっすらと開けるので精一杯だ。生まれて初めての体験に身体中が動揺して上手く制御できない。


 ネズミ将軍はもう一撃ルーナに刃を振り下ろそうとする。ルーナの周りには庇ってくれる味方はいない。他の部下達やパトリシアは塔の方で戦っている。ルーナは歯を食いしばり立ち上がろうとする。が、次に来る攻撃に身構える事すらできず、硬直する。


「ルーナ!」


 その時ルーナを呼ぶ声が聞こえた。


 ――ザクッ


 ネズミ将軍の胸から剣の刃が突き出た。数秒遅れて、誰かが彼を背中から深く突き刺した事にルーナは気づく。そして、ネズミ将軍の奥にちらりと見慣れた人影が見える。刺したのはリオだった。


 ぼとりと、ネズミ将軍の手から大剣が落ちる。ネズミ将軍は時間が止まったように立ち尽くしたまま、うわ言のようにぶつぶつと呟く。


「......あと、もう少しで殺せタのに。ルーナを殺せば、お前も殺せたノニ。僕は間違ってなんかいない。悪いのはお前たちだ」


 ネズミ将軍の口調は、さっきまでの雰囲気とは打って変わってどこか少年を思わせた。


 それを聞いてリオは静かに言った。


「お前の時間はずっとあの頃のままだったんだな」

「......」

「俺は1度見たものを忘れない。あの時の少年だろう? あの時、俺はまだ子供ガキだった。お前の事もちゃんと殺してやればよかった。辛かったろう、復讐に囚われた人生は」

「......を......殺した......お前達を赦さない。永遠に......呪ってやる」


 ――――シャキッ。リオは容赦無く剣を抜くと、巨大な図体が地面に倒れた。血が滝のように流れる。ネズミ将軍は苦しげな声をもらし、巨躯を痙攣させる。が、やがて動かなくなった。


 周りではリオが連れてきた隊がネズミ将軍の部隊に応戦している。その隙にリオはすぐにルーナに駆け寄った。


「ルーナ!」


 ルーナは右目を押さえ、顔を青ざめていた。今にも倒れそうだ。リオが支えると、ふっと力が抜ける。


「ルーナ、目が......」


 どくどくとルーナの右目から血が溢れている。流れ出る血が雨水に混じり、不気味な赤黒い川になる。ぬかるんだ地面を這うように流れていく。


「......くっ」


 リオは自分の服を破き、ルーナの目に巻く。


「......右目はもう使えそうに無いな......」

「......ぅ......あに......き......」

「ルーナ! しっかりしろ!」

「あにき......パトリ......シアがまだ......おね......がい」

「ルーナ!」


 リオが必死に名前を呼ぶが、ルーナはそのまま気絶してしまった。身体中傷だらけで体力も消耗し、体に限界が来ていた。


「――リオ団長! これ以上ここにいると外の本隊から完全に孤立してしまいます! 早く脱出しましょう!」

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