112.ネズミ将軍(1)
パトリシアと数人のルーナ隊は塔に乗り込んだ。
塔は、一面騎士達の死体が転がり、血で真っ赤に染まっていた。激戦したのだろう事がわかる。
塔には想像よりも敵兵の数は少なく、階段を駆け降りてくる敵兵をパトリシアが次々と薙ぎ倒していく。塔の頂上に着くとほぼ兵の死体しかなく、敵を全て片付けた事がわかる。頂上には四方窓がついていて、南西の城壁と周囲の様子が一望できた。床の中心に人の頭程の大きさの正方形のスイッチがポツンと置いてあって、赤く光っていた。
部下の一人がスイッチに乗るとふわんっとスイッチが凹み、青色に光る。すると、
――――ズズズズズ
重々しい音を立てて塔全体が振動し、南西の城門が開いた。塔から周囲を見渡すと、早速城門の開門に気づいた味方達が歓声をあげて次々外へ出ていく。
その時、階下から複数の足音が聞こえてくる。敵か味方かわからない。
「......来る」
パトリシアは両手のダガーを握りしめた。
*
――ドガシャッ
けたたましい音を立てて、ネズミ将軍の大剣がルーナに迫る。雨がルーナの視界を遮り、足元を滑らせる。体力の消耗も相まって、攻撃をいなす余裕がない。もろに剣で受け止め後ろに体を吹っ飛ばされた。ネズミ将軍の力は圧倒的だった。後ろに吹っ飛んだルーナは石畳の上を転がり、剣を地面に突き立てやっとのことで止まる。ルーナの呼吸は荒く、傷だらけの体は疲労に襲われている。
「はあ......はあ......」
剣もすでに刃がこぼれ、ヒビが入っていた。いつ壊れてもおかしくはない。むしろここまでよくもった。
ネズミ将軍はルーナの様子を見、そして、巨大な馬から降りた。まるで勝利を確信しているかのような表情にルーナは焦りと怒りを感じる。
「弱くなったナ、『赤い鎧』」
「......」
ネズミ将軍の言葉にルーナはぎくりとする。
「剣筋が狂ってル。怪我が原因じゃないな? 精神面で何かあったカ」
「急によく喋るわね」
ルーナは顔では余裕の表情を作りつつ、内心緊張していた。
いつも戦っている時にルーナにだけ見える、あの赤い線。それはいつも敵の弱点へ的確に伸びている。ルーナはそれを辿れば敵を容易に斬る事ができた。
しかしそれが、今は全然見えない。見えそうになっても、ルーナの心にまた「復讐してやる」という言葉が響き、かき消えてしまう。
その時、先程までネズミ将軍の剣幕に息をのんでいた他の敵兵達がやっと動き出す。
「『赤い鎧』、覚悟――――!」
だが、
「邪魔をするナああああッッ」
――――ジャキッ。
ルーナに襲い掛かろうとしていた兵士達を、味方であるはずのネズミ将軍が叩き切る。
「余程私にご執心のようね」
ふとルーナの視界に、塔に入っていく敵兵が入る。だが、城門は開いたまま。塔のパトリシア達はなんとかスイッチを死守しているようだ。その間、どんどん味方軍が城門から出ていく。
焦燥感がルーナの心を蝕む。
退却命令が出てからどれくらい経った? 早くパトリシア達を連れてここを脱出しないと本隊に置いて行かれて敵軍の中で完全に孤立する事になる。
――ドクンドクンドクン
胸が激しく鼓動して苦しい。前に初めてネズミ将軍に会った時と同じ、妙な違和感がルーナを支配する。
やはりルーナはどこかでこのネズミ将軍を見たことがある気がする。
それが思い出せそうで思い出せない。思い出してしまったが最後、嫌な予感がする......
「......ルーナ、殺してやる」
ネズミ将軍のギラついた瞳がルーナを睨む。その目は憎しみに満ちていた。そしてその目は、見たことがあった。
――さっきの少年兵。
父親をルーナに殺されて憎しみを込めた目でルーナを睨みつけていた。あるいは母親を目の前で斬られた第四王子アーサーの目にも見える。あの時もあの時もあの時もあの時もあの時もあの時もあの時もあの時も、ルーナは戦であの目を何度も何度も何度も何度も見てきた。
ルーナの胸は再び激しく鼓動し、一瞬の間、動けなくなった。
(......私は......金獅子の団として、戦場の英雄として過去の過ちを償うために戦っているのだと思っていた)
――ドクンドクンドクン
(でも違った)
――ドクンドクンドクン
(結局、殺しに殺しを重ねているだけだった)
――ドクンドクンドクン
(一体、いつから私は目的を履き違えていたのだろう)
――ドクンドクンドクンドクンドクンドクン......
(......本当は兄貴と幸せに一緒にいたいなんて自分勝手な夢のために戦っていただけなのに)
「......あ」
ルーナの口から小さく短い悲鳴が上がった。
目の前には刃。
ネズミ将軍の巨大な大剣が今まさにルーナ目掛けて振り下ろされる。ルーナは慌ててそれを避ける。が、――――
――――ザック
視界が真っ赤に染まった。
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