111.罠の気配(3)

「獣公国ですって......!?」


 パトリシアの言葉にルーナは目を見張った。パトリシアは無言で頷く。


 ルーナ達の周りには騎士達の死体が転がっている。襲ってきた3人の騎士をルーナとパトリシアで片付けた。だが、敵も手練れで、数十人いた部下達が数人に減ってしまった。


「......あの人達の顔......見覚えない。間違いない......。それに敵は全員獣度の高い獣人。可能性は高い」


 パトリシアは珍しく確固たる口ぶりで言った。


 獣公国が今回の戦に絡んでくるとは思えない。だが、パトリシアは聡い。ルーナは物覚えが悪いので他の隊の者の顔まで覚えていないが、パトリシアがこれだけ自信を持って言っているという事はそういう事なのだろう。


 徐々に空の雲が厚くなっていく。空気が重く、湿り気が増す。ルーナはふと周囲の静けさが不自然に感じられた。


 散り散りになった仲間は大丈夫なのだろうか?


 ぽつぽつと大粒の雨が降り始めた。冷たい水滴が戦士達の鎧と衣服を濡らしていく。倒れた騎士達の血だまりを薄めるように雨水が流れていく。


 ルーナ達はひとまず、他の部隊の様子を確認しつつ、他のルーナ隊を回収しに、周辺を探索しにいく事にした。


 だが、仲間は見当たらず、騎士達の死体が転がっているのを数箇所発見した。既に他でも混乱があったようだ。顔を確認すると、ルーナ隊の面々だった。ルーナは舌打ちをする。


 ルーナ隊中心メンバーの、副隊長ジョエル、ヘンリー、ケン、デニスなどは近くには見当たらなかった(ついでにアランもいなかった)。


「......たくっ、あいつらどこまで行ったのよ。......仕方ない、とにかく本隊と合流しにいきましょう」


 ――ギイイッ


 突然、背後から重々しい音が鳴り響く。ルーナが振り返ると、巨大な城門がゆっくりと閉じ始めている。


「......そんな、なんで......?」


 城門はルーナ達の位置からは距離がある。今から駆け込んでも閉まるまでに間に合う気配はない。やがて城門は完全に閉ざされてしまった。


「西の塔で何かあったんだわ」


 ルーナは言った。


 西の塔には、城門をあけるスイッチがあった。古代ダークエルフの魔法技術で、スイッチを押せば城門が開門する仕組みだった。床にあるスイッチの上に人一人が乗れば簡単に押せるので、何人もの屈強な兵士がいないと開かない通常の城門と異なり画期的な技術だ。それが今、閉じたという事は西の塔で何かあったという事だ。


 今この状況について、獣公国の策が働いているのは間違いない。一刻も早く城門を開き、外の本隊と合流しなければならない。そのために城門を開く必要がある。


「私達で西の塔に行って城門を開くわよ! ルーナ隊ついてきて!」


 ルーナはパトリシアと生き残った数人を引き連れて全速力で走った。いつもよりやけに傷を負ったせいで身体中がビリビリと痛む。大地がぬかるみ、足元が滑る。ルーナは不安と焦燥感で苛立った。


 激しい雨が降る中、やがて西の塔の近くに到りつく。と、既に激しい戦闘が繰り広げられていた。先程のルーナ達と同様、金獅子の団と獣公国が混戦状態になっていた。南西の城門はまだ閉まっている。敵と味方とが、塔の開閉スイッチを争って戦っているのだ。


「完全に外の本隊と中とで分断されてるってわけね」


 ふと、悲鳴があがり、ルーナは振り返る。リザードマンの若い娘が老人を支えながら硬直していた。一般市民のようだ。捕獲した市民達は今、東の塔に集める手筈だったが、まだ何人かは街中に取り残されているようだった。ルーナが声をかける前に戦いに巻き込まれて彼女達は斬られた。気分が悪かったが、ルーナは真っ直ぐに西の塔を目指す。


(獣公国だか青の都だかわかんないけど、敵は何考えてんの? 一般市民がどんだけ被害受けようがお構いなしって事?)


 その時、雷鳴が遠くで轟く。それに交えて


 ――――ドッドッドッドッ


 城壁の外から太鼓の音が聞こえてきた。ルーナはすぐにぴんときた。


「......味方の......退却の号令だわ」


 ルーナは厳しい表情を浮かべる。


 せっかく手に入れた城塞都市を手放し退却する。それはすなわち、こちらの敗戦を意味する。その重い決断をリオが下したという事は外で何か良くない事があったという事だ。おそらく、外でも獣公国と交戦しているのだろう。思いがけない敵の増援に苦戦しているに違いない。


(とにかく城門をあけないと......!)


 獣公国兵は金獅子の団の格好をしているため一見敵と味方の区別がつきづらかった。西の塔の頂上の窓から兵士達が顔を覗かせている。彼らも金獅子の団の格好をしているが、城門をあけないあたり敵兵だろう。


 ルーナは部下達を引き連れて塔に近づこうとすると、敵兵が阻みこちらに剣を向けた。この兵士たちもまた味方の格好をしているので判別がつきづらい。ルーナが応戦していると上から矢が飛んでくる。一寸先の所を剣で弾き返す。塔の上から敵兵が弓矢を放っている。ルーナ隊が動揺の声をあげる。


「怯むなッ! 真っ直ぐ塔を目指すわよ!」


 ルーナは襲ってくる敵を切り倒していき、塔へ進む。


 ――ドクン、ドクン


(何かしら?)


 塔へと急ぎながら、心臓が激しく鼓動するのを感じた。不安が胸を締め付け、無意識に剣のつかを強く握りしめる。


 ――――ドクン、ドクン、ドクン、ドシンドシンドシンドシンドシンッッ


 激しい鼓動が、徐々に地響きに変わっていく___ように感じられた。重々しい足音を響かせるがこちらに近づいてきているのだ。


「......ちっ」


 ルーナは大きく舌打ちをした。


「あんたも建物にかくれてたクチ? その体、入る場所あったの?」

「......――ルーナ」


 巨大な馬にまたがったが口を開く。全身を覆った毛皮と長い口ひげは雨水を滴らせ、鋭い眼光がルーナを見据える。

 目の前にはあの、がいた。ネズミ将軍が率いる隊からは獣公国の旗が立っている。


「......やっぱり獣公国なのね。いつからリザードマンに肩入れするようになったのよ」


 そう言ってルーナはネズミ将軍に身構える。ルーナの問いに答えず、ネズミ将軍も大剣をルーナに構えた。

 しかし、その時、別の軍勢がルーナ隊とネズミ将軍の間に割り込んできた。リザードマンの残党兵達だ。


「――貴様、ようやく見つけた! 総司令を殺して偽の命令をしていたな!」


 リザードマン達は怒りに満ちた表情を浮かべていた。だが、その怒りはルーナでなくネズミ将軍に向けられていた。


「なにがすぐに援軍が来る、だ! 街に軍を配置すると言ったのは最初からこのつもりだったのか! 我らの民を犠牲にしてただで済むと――」


 ――――ザンッ


 ネズミ将軍がまるで小さな羽虫を払うように、大剣でリザードマン達を薙ぎ払う。そのたった一撃でリザードマン兵は動かなくなる。


「......ようやくわかったわ」


 ルーナは冷静に口を開く。


「おかしいと思ったのよね。敵が侵入してくる前提で、城塞都市内部に軍を配備するなんて。......他でも戦をやってる獣公国はそう兵力を割けられない。だから、こんな奇策に出た。リザードマンの総司令を殺して代わりに命令した。私達の兵力を城門で分断して、内側の兵を騙し討ちし、外側を本隊で攻める。最終的には城を守りきれても、あまりにも街の人達の犠牲を無視した策。リザードマン達自身にはできない事ね。あんたらはそうまでして、なんでこの青の都に介入すんの?」

「......」

「あんたほんと、おしゃべり嫌いよね」


 ルーナは肩をすくめた。そして、後ろのパトリシアに言い放った。


「パトリシア! あんたの強さとスピードならここを突破できる。私がこいつを抑えてる隙にスイッチを!」


 パトリシアはこくりと頷き、持ち前の素早い足で駆けていく。パトリシアはやはり強く、立ちはだかるネズミ将軍の部下達を次々と突破していく。数人の味方騎士達がその後に続く。一方、ネズミ将軍はまるでルーナにしか興味がないと言わんばかりに鋭い眼光を向けてくる。

 ルーナはぎりりと奥歯を噛み締める。ネズミ将軍に反して乗馬してないし身体中傷だらけ。おまけに向こうには100人近くの部下がついている。圧倒的に不利だ。


 ――シャアアアアアッ


 激しさを増す雨の中、巨大なネズミの獣人は咆哮した。びりびりと周囲がびりつく。ルーナに襲いかかった。

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