108.弱くなったルーナ
開戦。
金獅子の団の目の前には城塞都市青の都の城壁が広がっていた。
リザードマン達が住まうここ青の都は海に面した都市で、攻めるポイントは海側の港か陸の城壁の2通りである。だが、水中での戦を得意とするリザードマン達相手に港から攻めるのは下策だ。従って、金獅子の団は陸の城壁側から攻め入る。
城壁は南東側と南西側に分かれていて両方から一気に攻める。ルーナ隊は他の隊と共に南東側を任された。
号令と共に、城壁の上にいるリザードマン達も、その下を陣取っている金獅子の団も一斉に矢を放つ。雨のように弓矢が撒き散らされる。その中で城壁に
そして、ある時、仲間が城壁の上にたどり着く。最初に到達した者はほぼ一人で敵に囲まれて後ろは断崖絶壁という逃げられない状況になる。従って、特別に強い者が先頭に立って斬り込む__
__ヒュンッ
城壁で待機していたリザードマン兵は驚きの表情を浮かべた。
「なんだ? あれは。子供......?」
彼らの目には、それが、幻のように映った。純白の鎧を身に纏った少女が現れる。彼女は跳躍し、まるで白い蝶が舞うように、両手のダガーを振るった。最初は呆けていたリザードマン達の表情がすぐに恐怖で彩られる。彼らは絶叫した。腹が、胸が、足が、首が、頭が、自分たちの体が、どんどんバラバラになっていく!
彼らが目にした少女はすとんと壁に着地する。
神々しさすら感じる白い鎧に凄惨な返り血が付着している。黒い髪と黒い瞳を持つ人形のような少女。両手にはダガーが握られていた。
「パトリシアに続けー!」
少女パトリシアを先頭に、金獅子の団がどんどん壁を上ってくる。
リザードマン達は徐々に敵の侵略を許してしまう。
ある時、彼らはある事に気づくと一瞬で恐怖が走った。
「......! 赤い鎧だ! 赤い鎧がくるぞ!」
赤い鎧を着たルーナが城壁の上にたどり着き、ロングソードを引き抜いた。敵陣から悲鳴に近い声があがり、反対に味方からは歓喜の声が巻き起こる。戦場の生ける伝説である『赤い鎧』の存在感は圧倒的で、味方も敵も全ての空気を変える。
リザードマン兵達は一気に緊張の色を見せた。恐怖に駆られた兵士達は、ルーナを見ているだけで冷たい汗が流れ、足がすくんで動けない者もいた。
しかし、その時、呪いのようにまたあの言葉がルーナの心の中に蘇った。
《――復讐してやる…。死んだ方がいっそましだと言う程の苦痛を味わわせてやる》
「――――っ」
それは、敵兵の恐怖に満ちた叫び声や、金属がぶつかり合う音の中で突然蘇った。ルーナは一瞬動きを止め、剣を握る手がかすかに震えた。あの日の出来事が鮮明に蘇り、アーサーの憎しみに満ちた目が脳裏に浮かんだ。
「や、やああああ!」
その瞬間、一本の槍がルーナの脇腹をかすめる。ルーナはぎりぎりの所でそれを避けた。いつもなら危なげなくかわすような攻撃だったが、やけに反応が遅い。そのままバランスを崩し城壁の下に落ちそうになる。ゾッと背筋が寒くなる。リザードマン兵達はそれを見逃さず全員で槍を一斉にルーナに突き出す。ルーナは槍を避けようとして、__
「――っ」
一歩引いた先にはもう地面はなかった。体は重力に従って一気に降下していく。
「ルーナ!」
「ルーナ殿!」
デニスが巨大斧をぶんっと振り敵兵を蹴散らす。ケンがその隙間をぬって駆け寄りルーナの手を取る。アランも手を貸し、なんとか城壁の上に戻る。
「悪い、油断したわ」
「らしくないですね」
ルーナは再び剣を構える。もう既に、ほとんどのルーナ隊と他の隊も城壁を上りきり、城壁の上は混戦状態となっていた。ルーナもその中に入っていき、敵と戦う。
しかし、ルーナの不調はまだ続いた。明らかに動きが鈍くなり、集中力が途切れがちになっている自分を感じながら、彼女は懸命に剣を振るった。
周囲の味方たちは、ルーナの変化に気付き始めていた。彼女のいつもの圧倒的な戦いぶりが影を潜め、動きに迷いが見える。
「ルーナ、大丈夫か?」
一人の仲間が声をかけた。しかし、その声には心配と同時に、かすかな疑念も含まれていた。その疑念は、徐々に他の仲間たちにも伝わっていった。
「ルーナ、どうしたんだ?」
「なんか弱くなってね......?」
戦場の喧騒の中で、彼らのひそひそ話が耳に届く。
「......」
ルーナはただ黙って剣を振り続けた。
一方、最初は『赤い鎧』の登場に絶望していた敵兵達も、ルーナの手応えのなさに自信が広がっていく。
「これがあの赤い鎧か?」
「聞いていたよりも強くないな」
「これなら俺たちでもなんとかできる!」
徐々に敵の士気があがり、南東城壁では金獅子の団が劣勢になりつつあった。
――シュッ
その時、ルーナの肩を槍が突く。避けるが、鎧にあたって割れ、破片が肉に食い込む。
「――――ちィッッ」
中途半端な痛みがルーナの苛立ちを増幅させる。ルーナは脊髄反射的に槍の主を斬った。リザードマンの喉に深々と刃が貫通し、血が噴き出る。
「父さん!」
斬られた敵兵に、もう一人の敵兵が駆け寄っていく。
「――――っ」
ルーナは息をのんだ。
駆け寄った敵兵は身体が小さく、魚肌が他より鮮やかで青に近い。そして、声変わり前の声。まだ幼い少年兵なのだろう。リザードマンの少年は必死に抱き起こそうとしたが、その努力は無駄に終わった。少年の顔は絶望と悲しみが浮かび、声は
「父さん、なんで......」
少年の言葉は断片的で、涙に濡れた顔は苦しみに歪んでいた。
ルーナは目の前の光景に、一瞬戦いを忘れて立ち尽くした。
やがて、少年はゆっくりと顔をあげ、そしてルーナを見た。涙を拭う事なく、その表情を見せた。
「お、お前......赤い鎧......お前が父さんを......よくも......よくも......」
ルーナを見る彼の目は怒りと憎悪の炎が燃え盛っていた。
《――復讐してやる…。死んだ方がいっそましだと言う程の苦痛を味わわせてやる》
その瞬間、ルーナの中で再びあの言葉が響き渡った。
「――――!」
ルーナはぎくりとして思わず目をそらした。それが一瞬の隙になってしまう。少年は怒りに任せてルーナに剣を差し向けた。
「殺してやるッッ」
――ザッ
しかし、体を切り裂く音と共に倒れたのは少年の方だった。
――――ドクン、ドクン
ルーナは自分の手元を見た。剣には斬った少年の血がべっとりとくっついている。
なんのことはない。ルーナは、いつものように敵を倒しただけだ。
――――ドクン、ドクンドクンドクンドクン
なぜか、胸がけたたましく鼓動する。
(私が......戸惑ってる? ......ありえない)
少年はもう動かない。即死だ。だが、少年の目はやはりルーナを睨みつけていた。
「......クソッ」
「ルーナ殿! 何をぼうっとしているでござる!」
突然、ミニケンタウロスのケンに怒鳴りつけられてルーナははっとする。
「南西側が攻略完了したでござる!」
ケンが指さす方角を見ると、味方軍が南西側の城壁の上で旗を掲げ勝利の雄叫びをあげている。一部が壁内側の階段を降りて城門を開けに行く姿が確認できた。
「城門が開門するでござる!」
まるでこの言葉が掛け声かのように、城門が重々しい音を立てて開門した。外で待機していたリオ率いる本隊が城の中に入っていく。
城門の開門。それが意味するのは__
「戦の勝利だ!」
――――オオオオオオッッ
地響きのような歓声に包まれた。
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