107.パトリシアの想い
リザードマンの街__城塞都市青の都に向けて、金獅子の団は遠征に赴いていた。
彼らは草木のない険しい道を進んでいる。道の右側には丘が広がり、左側には深く切りたった崖があった。崖から下を覗くと、荒廃した平原が広がっている。
ルーナもまた、騎乗し険しい道を進んでいた。が、心は別の場所にあった。
《――復讐してやる…。死んだ方がいっそましだと言う程の苦痛を味わわせてやる》
(......)
母親を抱き、憎しみに満ちた青い目で睨む、あの少年の顔が頭から離れない。少年アーサーの押し殺した嗚咽、女王を斬った感触、その刹那の感情。全てがまるで昨日のことのように甦ってきた。ルーナは冷たい汗を感じ、心臓が速く脈打つのを抑えることができなかった。
そんなルーナの後ろ姿を、背後でルーナ隊の面々が見つめる。
「ルーナ、地下牢から出てきた日以来ずっと様子がおかしいです」
アランの言葉にジョエルやヘンリー、ケン、デニスが反応する。
「きっと一人だけ騎士の称号を剥奪されて、貴族じゃなくなったからショック受けてるんですよ」
「まさか! ルーナはそんなの気にするタイプじゃないよ」
「じゃ、じゃあ地下牢で相当辛い目にあったのでしょうか......?」
「拷問は受けてないって聞いたでござるよ。取り調べも大した事なかったって」
「......。――兵士に、辱められた......とか......?」
「......」
男達は顔を見合わせる。
「いや、それはないでござるね」
「ああ、ないだ。ルーナだったらすぐ股間に蹴り入れて使い物にならなくするだ」
「想像するのもおぞましいですね......」
「普通にご飯まずかったとかじゃないでござるか?」
と、男達が会話していると、
「......ルーナ?」
気がつけば、黒髪黒目の人形のような少女パトリシアがルーナの隣まで馬を走らせていた。
パトリシアは元7大英傑ゲイリーの娘だ。ゲイリーが妻を殺したのはルーナ達のせいだと思い込み、数ヶ月前に金獅子の団を襲った。ルーナは彼女を打ち負かしその力量に目をつけて隊に引き入れたのだが、今日までに想像以上の手柄を立てていた。純白の軽装具に身を包み両手にダガーを握りしめて、舞うように敵の首を掻っ切っていく。その様からいつしか『白い蝶』と呼ばれるようになった。英傑以外で二つ名がついたのはパトリシアで初めてだ。今となっては、彼女も戦場の生ける伝説として敵味方共に広く知られるようになった。
そのパトリシアに名前を呼ばれてルーナは大きく息を吸った。
「......え? ああ、パティか、なんだ......」
パトリシアがルーナの騎馬に並走してくる。彼女は無言でルーナの顔を覗き込んだ。かと思いきや、すぐに目をそらす。
「......」
「......なんか用?」
「......」
「......あんたって何考えてるかほんとわかんない」
パトリシアは終始無言を貫くが、馬はぴったりとルーナの隣を歩かせる。しばらくすると、再び自分を憎む少年の顔が頭に浮かびルーナは気分が悪くなる。
「......」
パトリシアはそんなルーナの様子をちらちらと見ていた。ルーナが顔をあげるたびに可愛らしいくりくりの目が覗き込んでくる。
「......もしかして私の事心配してる?」
「......別に」
パトリシアはそっけなく言うが、やはりルーナを気にかけているようだった。
「......。......あんた私を殺すんじゃないの?」
「......」
何も答えないパトリシアに、ルーナはくすりと笑った。
「......」
パトリシアは崖の向こうに目を向けている。
なんの気なしにルーナもその視線の先を見てみる。
「――――っ」
ルーナははっと息をのんだ。
乾ききった大地の果てに美しい朝焼けが広がっていた。水平線上の光が夜の闇を押しのけ、明るさを増していく。空の端から端までが黄金色からオレンジ色、そして鮮やかなピンク色へと移り変わる。雲は薄いベールのように空を多い、光が間から差し込み、辺り一面を柔らかな光で包んでいる。
「......綺麗......」
ルーナは思わず呟いた。
パトリシアはわずかに目を細めて口を開いた。
「私......いつも......王都の街に戻ると息が詰まる......。昔から......下町に住んでた頃からずっと息が詰まってた」
「......」
「でもこうやって戦地に行くと、......不思議。帰ってきたって......思う」
「......」
「......ありがとう、ルーナ」
「......? なにがよ」
「......ルーナが、金獅子の団に入れてくれたから......戦場を教えてくれたから......この景色が見れる。この景色は......ゲイリーが見ていた......景色......。......だから......ありがとう......」
パトリシアがほんのわずかに微笑んだ、とルーナは感じた。
すると、不思議な事にどこからか懐かしい声が聞こえた気がした。
《流石、親父!》
ルーナは目を開いた。気づけばパトリシアが、幼い頃のルーナ自身になっていた。
《......親父!》
子ルーナは明るい笑みを浮かべている。その目線の先には父親がいた。彼は振り返るそぶりすら見せず、背中を向けてさっさとどこかへ行ってしまう。
《待って、親父!》
子ルーナは必死で父親の背中をずっと追いかけている。
(......アホみたいな顔してついてくんじゃないわよ。馬鹿みたい。そいつ、後であんたの事捨てんのよ?)
――――パトリシアを通して自分が救われると思ったら大きな間違いよ
ルーナは心の中で自分にそう言い聞かせる。
「......ルーナ?」
パトリシアに名前を呼ばれてすぐに我に帰る。
「別に。自分勝手な欲のためにしただけよ。感謝される筋合いはないわ」
「......欲って?」
「強い奴を隊に引き入れたかった」
ルーナはそれだけ言うと、馬の足を早めてパトリシアの元を去った。
「......」
パトリシアは何も言わず、ルーナの背中を見つめていた。
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