105.母親の敵討ち

 その後、ルーナの処罰が決まった。


 数日の勾留と罰金、そして騎士の称号剥奪だ。


 王妃殺しにしては、あまりにも軽い処罰だった。というのも、今回の事件は結局、王妃が乱心しリオに剣をむけたのを護衛が守った『事故』という事になったからである。を王妃からまもったことで、ルーナにある程度正当性があるという話になったのだ。

 もしこれで、王妃の乱心の理由が明らかになればリオの立場は危うくなり、ルーナもただでは済まなかっただろう。だが、王妃が剣を手に取った理由に部外者が気づいても口にしてしまえば、王家に対する恐ろしい侮辱である。それでも第3王子マーティンはこの件を掘り下げたがったが、リオが全力で阻止した。更に母親の尊厳を守るため第4王子アーサーも秘密を守った。お陰で事なきを得た。



 ――数日後。

 地下牢の重い鉄扉が軋む音を立てて開かれた。冷たい石畳に囲まれた薄暗い空間から、ルーナは初めて光の差し込む廊下に足を踏み入れた。足元がふらつく。地下牢の監禁はたった数日だったが、久しぶりに色々考えすぎて体が疲弊していた。外の空気が気持ちよく一瞬だけ目を閉じて深呼吸した。


 ルーナを出迎えるかのように、通路のつき当たりに人影が現れる。


「......兄貴......!」


 ルーナは顔を輝かせて人影に走り寄った。


「ハーッハッハッハッ! 牢から出てすぐこのグレン・フォン・ロレーヌの胸に飛び込むとは余程恋しかったのだな!」


 人影は、ルーナの期待していた人物ではなく、禍々しいロングソードを携えた、顔だけが取り柄の人間の男(一応6大英傑の一人)グレンだった。彼は今まさにルーナを腕いっぱいに広げて抱擁しようとした__という事に気づいた瞬間には、ルーナは脳みそが考えるよりも早く、あばらを突き股間を蹴り上げ顔面にパンチを食らわしていた。グレンは城の塵のように真っ白になって倒れた。


「......な、なんで僕まで......」


 グレンの横では、何故か猫の獣人アランまでルーナにボコボコにされて倒れていた。


「ごめん、ついでに目に入ったから、つい......」


 ルーナはとりあえず謝った。アランもルーナが心配で迎えにきたが、グレンに巻き込まれた。


「兄貴......!」


 ルーナの長い耳が斜め上にピンと立つ。今度こそリオがやってきた。彼は珍しく血の気のない顔をして、ルーナを見るとすぐに抱きしめた。


「......ごめん、ルーナ。辛かったろう? ごめんな......本当に、ごめん」

「なに言ってんのよ。ちょっと前にだって地下牢ここ入ってたんだから平気よ」

「あの時は想定内だったから良かったんだ。あ、いや......良くなかった。お前には何も言ってなかったもんな......。でも、今回は本当に俺の失態だった。一歩間違えたら、お前に危害が及んでいたかもしれない。拷問されていたかもしれない。処刑されていたかも......。だから......ごめん......」

「別に私は兄貴のためだったら......死んでも良い」

「俺が......嫌だよ......」

「......。兄貴のリュート、久しぶりに聴きたいかも」

「後で聞かせてやるよ。いくらでも」


 リオは腕の中の体温を確かに感じて目を閉じた。



 一方同時刻、王妃を殺したルーナやその原因を作ったリオが咎められない現状にアーサーは不満が爆発していた。彼自身が母の尊厳を守るために動いた結果なのだが、そうである分余計行き場のない怒りが増す。


「......殺してやる、殺してやる、殺してやる!」


 アーサーは自室を歩き回りながら、憎悪に満ちた目で周囲を見渡していた。誰もいない自室に怒りをぶちまける。


「レオナルドは母を辱め狂わせた。エルフ女は母を殺した! それだけの大罪を犯しておきながら、奴らは捕まることなく悠々としているんだ! こんな不条理があってたまるか!」


 何度も何度も母親が殺された場面が鮮明に甦える。そして何度も何度もルーナの顔を思い浮かべ、その度に心臓が激しく高鳴った。復讐の炎が燃え上がり、彼を追い立てる。


「......切羽詰まった様子ですね」


 暗闇からすっと人影が出てくる。人影はマントを羽織り、顔が見えない。


「その復讐。手伝って差し上げましょう」


 いるはずのない第三者。どこから入ってきたのかなどと問いただす余裕は今のアーサーにはなかった。


「貴様、前に断っただろう!」


 アーサーにはこの男の姿に見覚えがあった。

 前に『金獅子の団のスパイ』を名乗ってアーサーに接近してきた者である。

 その時はリオや金獅子の団を貶めるために協力しようと言われ、断った。自分の力でリオをどうにかできると思っていたのだ。


「しかし、今の貴方には助けが必要かと思いまして。私ならば、リオ......レオナルドや金獅子の団を追い込むことができます」

「......どうするんだ」

「レオナルドの弱点をつけばいいのです。難攻不落の城塞を正攻法で攻略などできません。本気で陥落させたいのなら、弱い部分を狙う事です」

「......敵である俺が言うのもなんだが、奴は完璧だ。頭脳明晰、剣の天才、おまけに人望があって......」

「たしかに、そういう面では弱点が見つかりませんね。ですが、奴には情がある」


 アーサーは一瞬考え、そしてハッと片目を見開いた。


「貴様まさか、セーラに何かする気か!?」


 マントの男は、呆れたように溜息をついた。


「まさか! あなたは彼を何も分かっていないのですね。レオナルドの弱点は......最愛の相手は、セーラ様ではございません。あの__ですよ」

「......は?」


 アーサーは言われた事が理解できずしばらく呆ける。


「......どういう事だ......? あのハーフエルフを......? ......異種族だろ?」

「そこが難しい所なんですよ。人間であって人間でない。エルフであってエルフでない。中途半端な存在の彼女をレオナルドはどう愛でれば良いかわからない。ただ、レオナルドとルーナは幼い頃から家族のように支え合って育った仲です。レオナルドにとってルーナ以上に大切な存在はいません」

「そ、それではセーラは!? セーラはどうだって言うんだ!?」

「セーラ様の事は出世のための道具程度にしか思っておりません。奴はそういう男ですよ」

「......。......なんだそれは......。じゃああれか、レオナルドは俺の母だけでなくセーラまで弄んでいるというのか?」

「まあ、そうなるでしょう」


 アーサーの苛立ちが頂点に達する。だが、謎の男はアーサーの様子などどうでもよさそうに話を続けた。


「ですが、ルーナを潰すこともそう容易ではございません。彼女はレオナルドによって常に守られているし、彼女自身剣の腕は確かなので物理的に狙うことはまずできない」

「じゃあ、どうすればいい!」

「弱点をたどるのです、殿下」


 マントの男はたっぷりと間をとり、もったいつけながら言った。


「......レオナルドの弱点はルーナ。ルーナの弱点は――」

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