104.殺しの葛藤
地下牢の扉が重々しく開き、冷たく暗い空間が広がっている。ルーナは後ろから兵に押され、中に入れられた。石造の壁は湿気を帯び、冷気が骨までしみる。地下なので窓はなく扉の鉄格子からかすかに松明の光が差し込む。
「......」
牢の中に誰もいなく、外からも物音はしない。不気味な静寂と暗闇がルーナを包む。ルーナはすることもなく、地べたに寝転がった。
(......デジャブ)
見覚えのある壁や天井を見渡す。つい先日第4王子アーサーに毒を盛った罪で同じ牢屋にいれられたのだ。
不意に体がぶるりと震えた。この季節、昼間は暖かいが、夜はまだ寒い。この地下牢では更に寒さが増した。
(ここ......こんな寒かったっけ?)
ルーナは両腕をさすった。
ふと、自分の体が震えているのは寒さからじゃない事に気づいた。
不安だ。
前ここに入れられた時は誰かにはめられたのだと確信していた。不安や恐怖よりも苛立ちが倍勝ち、一晩中眠れなかった程だった。それが、勘違いだったと言われ次の日すぐに釈放されたのだから大いに面食らったものだ。
だが、今回は濡れ衣を着せられた訳ではなく、自分自身が行った事で捕まっている。
王妃殺しはリオを守るためにした事だ。だが、戦場以外では世間知らずなルーナでもわかる。どんな理由があろうとも王族殺しは重大な罪だ。もしかしたらリオに迷惑をかけてしまっているかもしれない。
(まさか、『王選び』脱落させられたりしないわよね......?)
背筋に冷たい物が走る。
《ごめん、俺のせいだ。後で絶対に助けるから......》
ふと、さっきのリオの言葉を思い出す。ルーナの中で一つの疑問が浮かんだ。
――何故、エリザベス王妃はリオを殺そうとしたのか?
この事件において誰もが気になる部分だろう。
エリザベス王妃はリオの婚約発表を聞いた途端に怒りだした。この状況を考えれば、多くの者は一つの結論を導き出すだろう。
エリザベス王妃はリオに執心していたのではないか?
ルーナも薄々は察していた。リオの事だ。もしかしたら、それに気づいて政治に利用するためにわざと自分から近づいた可能性だってある。その上で王妃は、目の前でリオと他の女の婚約発表を聞いて黙っていられなかったのではないだろうか?
ルーナはため息をついた。人気のない地下の牢獄ではあと息を吐く音だけが静かに響く。
リオはおそらく王妃が自分の立場を顧みず公の場で取り乱すとは思っていなかったんだろう。
「兄貴もまだまだよね。女の嫉妬を理解しないなんて」
誰に言うでもなく、一人でルーナは呟く。他ならぬルーナ自身が、リオがどうしようもない男だという事を理解していた。
ルーナだって苦しかった。
ルーナは、リオとセーラの婚約発表を事前に聞かされていた。にもかかわらず、皆の前で正式に発表して幸せそうに二人が見つめ合っている姿を見て、ルーナは胸がきゅっとした。もし王妃が叫んでいなかったら、自分が叫んでいたかもしれない。
――ズキンッ
エリザベス王妃の顔が脳裏を過った時、胸が痛んだような気がした。
(......何......?)
ルーナは自分の中の不安以外の感情に気づき、目を見開いた。
(......後悔............? 私が......?)
ルーナはずっと斬った時の王妃の顔が頭から離れずにいた。
殺しに抵抗はなかった。
エリザベス王妃もまた今まで積み上げてきた死体と同じ。リオの進む道をはばかる者を殺しただけだ。今回は戦場の敵兵ではなく、城の王妃だったにすぎない。王族殺しがリオに迷惑をかけるかもしれないという不安はあっても、今更一人斬る事に罪悪感は感じない。
リオを特別に想うルーナにとって、エリザベス王妃の気持ちがわからなくもなかった。だが、だからといって嫉妬のあまりリオを殺そうとした王妃に同情などしない。後悔など感じるはずがない。
だが、やはりなんとなく気分が優れない。
《復讐してやる…。死んだ方がいっそましだと言う程の苦痛を味わわせてやる》
暗闇の中で、少年の言葉がフラッシュバックした。
あの目......。
片方しかないアーサーの青い瞳が、復讐の炎に燃え上がっていた。
――そうだ、さっきからこの胸につっかえているのは、あの少年の目だ。
確かに先に斬りかかってきたのは王妃だ。だが、相手は素人だし、死なないように手加減する事なんていくらでもできたんじゃないだろうか? 子供の前で殺す事なんてなかったんじゃないか?
(そもそもなんで私、人を殺してるんだろう......)
ルーナの頭の中に一つの疑問が浮かび上がる。
いつもなら物事を深く考えないルーナだったが、今夜は他にする事もなく、ぼうっと物思いにふけった。
物心がついた時には、もう既に人を殺していた。殺せば周りの大人達は自分を褒めてくれていた。だから殺すのが楽しかった。リオと出会ってからは世界を学んだ。積極的に人を殺したいとは思わなくなった。それでもルーナは傭兵を続けた。人殺しを続けた。
あの王妃だけじゃない。今まで殺してきた人、傷つけてきた人にも大切な人がいて、ルーナは彼らから憎まれているんだろう。
(......何を今更って話よね)
ルーナはふと、いつだったかレウミア城戦の時、依頼されて守った小さな少女が獣公国の将軍に言っていた事を思い出した。
《あんたみたいに悪い奴は『赤い鎧』様がやっつけに来るわっ!》
《 悪い奴は最後には正義の味方に倒されるのね》
彼女は獣公国を「悪」と称し、ルーナ達を「正義」と称した。だが、彼女は知らない。あれはただ、守る戦だっただけだ。
もしこちらが攻める側だったら。どこか敵国の純粋な少女に今度は自分が「悪」と言われ復讐の対象になっているだろう。
戦だけじゃない。ルーナやリオの目を光らせている範囲ではないが、見えないところでは攻略した土地の虐殺や陵辱がどこかでは行われている。物を奪われ、文化や宗教を強制される。ただ歩くだけでも、腰を曲げる獣度の高い獣人が「普通に歩けないのか」と非難されるように。戦場の現実だ。そしてそれは、ルーナ達が戦場を勝利に導いたせいだ。それはリオの『ルーデルを統一する』という夢を手伝ったせいだ。
《――復讐してやる…。死んだ方がいっそましだと言う程の苦痛を味わわせてやる》
(......)
ぐるぐるぐるぐる。また同じ感情、考え、思い出が頭の中をかき回す。
暗闇の中、ルーナは一人ぼんやりと物思いに耽り続けた。
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