103.王妃殺し
毒の事件後、何事もなかったように、日常が戻った。金獅子の団は再び遠征に出かけ、勝利を納めて帰還した。
それから時が経て、何日も続いた冷たい風はやみ、生気で活気づいた自然界は春の訪れを知らせる。日差しは暖かくなり、新緑の香りがただよう。
そんな中、再び城で貴族達のパーティーが催された。今夜はリオだけが正装して貴族と交流し、ルーナや数人の金獅子の団は会場の警護をしていた。リオは正式な身分としてはただの騎士だが、皆もうすっかり王子として接している。相変わらず、リオは黄色い声をあげる女性や戦の勝利を賞賛する者達に囲まれていた。
普段通りの貴族の煌びやかなパーティー。しかし、今夜のパーティーは、いつもとは違うという事をルーナは知っていた。
合図とともに、リオの周りに更に貴族達が集まる。リオの隣にはオルレアン公爵の娘セーラがいた。セーラは頬を少し染め、リオは彼女を見てにっこり微笑むと高らかに貴族達に言った。
「今夜、皆様にご報告したい事がございます」
リオはセーラの手を優しく取り続けた。
「私レオナルドは、――オルレアン公爵令嬢と婚約いたしました」
会場中に驚きの声が上がり、拍手と歓声が沸き起こった。
そう、ついにリオとセーラが婚約したのだ。今夜のパーティーは、それを初めて皆に発表する場だった。セーラはリオのプロポーズを受け入れたのだ。リオ達の背後ではオルレアン公爵も満足気に笑みを浮かべていた。
ちなみに、今は国王は不在だった。というか最近は病の進行のせいでこのような貴族の催しには顔を出さなくなった。だが、後でリオの朗報を耳に入れればやはり喜んでくれるだろう。
皆が驚きと歓喜の声を上げる中で一人、ルーナは寂し気に微笑んで会場の隅に佇んでいる。
ルーナは事前に婚約の話を聞いていた。
――兄貴にはセーラが必要。
何度も何度も自分に言い聞かせてきた。だが、今改めて皆の前で宣言しているリオを見ると、現実を突きつけられたような気がして辛かった。ルーナは最大限に表情にでないように努め、小さく拍手をした。
しかし、ルーナの他にも婚約の報告に絶望の表情を浮かべる者がいた。それは第四王子アーサーだった。
(セーラ......まさか、そんな......)
幼い頃から好いていた女を、殺したい程憎い男に取られた。彼の中の絶望感はやがて怒りに変わっていく。
「ふ、ふざけ......」
「――――ふざけるなッ!」
しかし、アーサーの声を遮るように、誰かが叫んだ。全員が一斉に振り返る。血相を変えて大声を出したのは、アーサーの母親__エリザベス王妃だった。
「――――っ」
皆の注目を一心に浴びて、エリザベスは急いで口を閉ざした。
「王妃様......? どうされたのですか?」
リオは、表情を変えず首を傾げた。
「......」
エリザベスは血の気のない顔で言葉を失っていた。叫んだ事を本人が一番驚いているようだった。やっとの思いで自分が嫉妬のあまり声をあげてしまった事に気づく。
エリザベスは、リオとセーラの結婚は『政略上仕方のない』物として捉え、自分との関係が本物だと考えている。だから、たとえリオとセーラが結婚しようともどうでも良かった。――――どうでも良いはずだった。
実際には自分で気づいていないだけで、嫉妬心が制御できない程に膨れ上がっていた。それが今、目の前で幸せそうに手を取り合っている二人の姿を見て爆発してしまったのだ。
一方リオの方は、エリザベスは王妃という立場の身だから、リオとの密かな交流を公にするほど馬鹿な真似はしないと思っていた。だが、リオが思っている以上に女心というのは複雑で思い通りにいかないものだ。
人々の視線を浴びて一瞬正気を取り戻したエリザベスだったが、リオのとぼけた態度のせいで怒りがどんどん抑えられなくなっていく。
――――レオナルドは私のものだ。
エリザベスは自分の立場を忘れて、怒りに支配された。
「この裏切り者! 貴方の紡いできた言葉は全て嘘だったのですか?」
「王妃様? 何をおっしゃって......」
「本当に貴方は自分の幸せしか考えていないのですね。たとえ政略のためだったとしても、私を本当に......してるのなら、結婚なんてやめてください」
周りの貴族がどよめくので、多くの者はエリザベスの言葉を途中聞き取れなかった。
エリザベスの様子に困惑したのはセーラだった。鬼の形相で自分とリオを見る王妃の姿に混乱した。
「れ、レオナルド様......? 王妃様と何かあったのですか......?」
「いえ......一体何のことだか......」
リオは完璧な役者だった。おそらく内心冷や汗をかいているだろうが、取り乱す事なく、セーラと同じように混乱した表情を作って見せた。人々の目からは、何故か勝手にエリザベス王妃が怒り出しているように見える。
「王妃様は公務でお疲れになっているのかも......」
「お、おまえ......おまえええええ! どれだけ私をコケにすれば気が済むのだッ!」
エリザベスは青筋立てて叫び、横に立っていた警護の兵の剣を取り上げた。兵はその気になれば拒む事も取り返す事もできたが、王妃相手に何もできずに固まる。
「王妃様! な、なにを......!」
「死ねえええええええええええッッッ」
エリザベスは怒りにまかせて剣を振り、リオを斬りつけようとした。
「――――ッ」
誰もが息を呑む。
――バシャッッッ
肉を切り裂き、血が飛び散る音。
「はあ......はあ......」
静寂の中、誰かが呼吸を荒げる声が聞こえる。
人々の視界の先には血だらけのエリザベスが倒れていた。血がそこら中に飛び散り、彼女の腹が深く両断され繋がっているのは背中の皮のみだった。腹からは大量の血と様々な色の臓物が出て、一気に異臭が充満する。
リオの前には、彼女を斬った人物が立っていた。
「ル、ルーナ......」
ルーナだった。
リオを斬ろうとしたエリザベスを逆にルーナが横から入って斬ったのだ。
「エリザベス様!」
貴族達があわてふためきエリザベスの周りを囲う。何人かは王妃の安否を確かめようとしたが、その悲惨な姿に彼らは口を抑えてちらちらと見るので精一杯だった。だが、脈や呼吸をするまでもなく誰もが、彼女がもう助からない事を察した。
「お、王妃様を殺した......のか......?」
リオがやっと口を開き、ゆっくりとルーナを見る。彼の表情は珍しく冷静さを欠いていた。
「な、何よ。その女が先に兄貴に手を出そうとしたんじゃない」
「......は、母上......」
か細い声が響く。いつになく顔を真っ青にさせたアーサーがよたよたと力なくエリザベスの死体へ歩いていった。貴族達は血と臓物の入り混じった遺体に近づこうともしないのに、アーサーだけは寄り添った。
「う......ううっ......」
やがて彼の口からは呻き声のような嗚咽が漏れ出た。
「う......ううう......よ、よくも......よくも......母上を......」
「......」
この時、ようやく貴族達が我に返る。
「な、なにをしている? このエルフを捕らえよ!」
誰かが叫んだ。衛兵達が集まってきてルーナを取り囲む。
「な、何よ! だからこの女が先に兄貴を殺そうとしたんじゃない!」
ルーナからしたら、急にエリザベス王妃がリオを斬ろうとして、それを護っただけだから正当防衛である。捕まる筋合いはない。だが、......
「ルーナ落ち着け」
鋭い小声でルーナを制したのはリオだった。
「お前は王妃を殺したんだ。どんな状況でもこの国の王妃を斬ったのは大事だよ。とにかく今はおとなしく捕まるんだ」
リオは更に声量を落として「ごめん、俺のせいだ。後で絶対に助けるから......」と付け加えた。ルーナは仕方なく衛兵達に捕まる。
「この者を地下牢へ連れていけ!」
「は!」
ルーナは大人しく衛兵達について行く。
「......貴様......貴様だけは......」
ルーナは振り返った。臓物と血が抜けきり生前とはまるで別人になってしまったエリザベスを抱きしめ、アーサーが憎悪の目を向けていた。
「貴様だけは絶対に......殺してやる......。死んだ方がいっそましだと言うほどの苦痛を味わわせてやる」
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