102.濡れ衣を着せられるルーナ(4)

 アーサーはエリザベスの様子を訝しく思った。

 ただ一度見ただけでこんなにリオに執心するものだろうか。


「母上......まさか、あいつと......レオナルドとお会いになりましたか?」

「......お茶に誘った事はあります」


 エリザベスはすんなり話した。隠しても後で調べればすぐにばれると諦めたのだろう。


「......なっ、初耳です!」

「私が誰とどこでお茶をしようと勝手でしょう!」

「......。男女が......一対一で......? 本当に......それ......ですか?」


 アーサーは言葉にするのをためらったが、確かめずにはいられなかった。しかし、それを聞いた瞬間エリザベスはカッと目を見開いた。


「この無礼者! 何が言いたいのです!」

「母上! 貴方は騙されています!」


 アーサーは思わず声をあげた。


 間違いない。リオは母親の恋心を利用するために近づいたのだ。そして、それをエリザベス王妃は『真実の愛』だと思い込んでいる。母親含め多くの者がリオとセーラの関係を知っているが、むしろそっちが政略上のつながりだと考えているのだ。


 しかしアーサーはここでエリザベスの鋭い視線に気づいた。すぐに頭を下げた。


「す、すみません......母上。出過ぎた事を......」

「アーサー! 母親であり、この国王妃であるこの私を愚弄するのですか!」

「い、いえ......」

「とにかくレオナルドを解放しなさい! 何故あなたは昔から私の言う事にいちいち疑問を呈するのです! あなたは私の邪魔をするために産まれてきたのですか!?」

「いえ......滅相も......」

「いい加減にしないとあなたを王候補として支援するのをやめますよ!」

「......母上、まさかそこまで......」


 空気がピリピリと張り詰める。アーサーは怒りと悔しさに目を細め、ゆっくりと頷いた。アーサーは母親には逆らえない。昔からどんなに自分が正しい状況でも、母親が癇癪かんしゃくを起こして怒鳴り散らせば言うことを聞かざるを得なかった。


 アーサーは、はっとした。ルーナが捕まって部屋を連れ出された時、妙にリオは落ち着いていた。あのリオの事だから自分がはめられた事に気づいただろうに、もう手は打ってあると言わんばかりの表情だったように思える。


(レオナルドめ......俺が母上に逆らえない事を見越して目をつけたな......。さっきあの場で反論せずに大人しく軟禁されたのは、この切り札が自分にはあると俺に見せつけるため......!)


 リオがエリザベスに手を出した事が人々に知れれば大スキャンダルだ。だが、それはエリザベスの首を締める事にもなる。当然、その息子であるアーサー自身もだ。だから、アーサーはリオとエリザベスの関係を広める事はできない。

 

 そして今みたいにアーサーが何を言っても、エリザベスのリオに対する想いは止まらないだろう。むしろ邪魔をすれば母親の信頼を失ってしまうかもしれない。


 これは、自分にはお前の母親がついている、というリオからの警告だ。勿論、エリザベスは依然として息子のアーサーを王にしたいと思っているが、リオの身が滅びるような事は阻止したい。アーサーは母親の命令には逆らえない。結果、アーサーはリオを貶める事ができなくなる。


 この日、アーサーの作戦は失敗した。アーサーは、毒の件を持病が悪化したためとし、この話を追求しないようにさせた。ルーナもあっさりと釈放された。そのため、貴族や王都中に広まることなく事件は終わった。


 ――しかし、その後エリザベス王妃とリオとの関係が後の悲劇につながることになった。

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