99.濡れ衣を着せられるルーナ(1)

 ある日、第4王子アーサーの申し出で、城で晩餐会を開くことになった。晩餐会には『王選び』に関係するような重鎮ばかりが招かれた。当然その中に、リオや第3王子マーティンも含まれている。


 『第3王子マーティン派』、『第4王子アーサー派』、『レオナルド派』、後は無派閥の貴族達が一堂に会して一つのテーブルを囲む。また、リオの護衛としてルーナと副団長ヘイグも食堂の端で待機していた。


 敵同士肩を並べて緊張感漂う雰囲気になるかと思いきや、マーティンもアーサーも優雅に貴族達と会話を楽しんでいる様子だった。


 ある時、アーサーがワインを皆に振る舞いたいと提案した。先日手に入れた一級品のワインらしい。


「そこの者、ワインをついできてくれないか」


 彼は隅で控えていたルーナに声をかけた。


(......この坊ちゃん、私を顎で使いたいわけ?)


 ルーナは当然のように断った。


「私、メイドじゃないわ......です」

「似たような物だろう」


 苛ついたルーナはなおも断ろうとするがリオに視線を送られ仕方なく頷いた。ワインボトルを渡されキッチンまで行き、人数分のグラスにワインを注ぐ。再び食堂に戻る。貴族達はその間も談笑を続けていた。ルーナはテーブルにグラスを置いていった。


「乾杯!」


 グラスを配り終えると貴族達は嬉しそうにワインを口にした。


 ――しかしその時、異変が起こった。


「うっ......く......ウ......ぐ......」


 第四王子アーサーが、急に苦しみだした。貴族たちは立ち上がって動揺の声を上げる。


「な、なんだ?」

「ぐ、グ......うおえええええ」


 口から、食べた物を吐き出す。体中の汗がびっしょりで顔面蒼白だった。とても演技とは思えない苦しみようだった。


「殿下!」


 使用人達を大声で呼び集めた。


「一体、何があったのですか!?」

「わからぬ......。ワインを飲んだ途端に苦しみ出した」


 食堂の貴族達は皆動揺し、ざわめいている。

 誰かが震える声で言った。


「......ど、だ! わ、ワインに毒が入っていたんだ!」


 その言葉で、再び食堂が騒然とする。

 アーサーが倒れた原因になった物を自分達も口にしてしまった。嘔吐に近いような咳をする者、真っ青になって自分の体を見まわす者もいた。


 しばらくの間、食堂は混乱を極めた。しかしすぐに、貴族たちに落ち着きが戻っていく。


「わ、私はなんともない」

「私も特段体調が悪くなったように感じない」

「となると、殿下のワインにだけ毒が入っていた......のか?」


 その時、アーサーが再び苦しげに呻き声をあげのたうち回った。貴族達の指示のもと、アーサーは寝室へ運ばれて行った。使用人達が大慌てで医者を呼びにいっている。


 後に残った貴族達は各々会話し、食堂は不穏な空気に包まれている。

 ある時、その中で一際大きな声が上がった。


「――その女エルフが毒を盛ったに違いない! 奴を捕えよ!」


 発言した貴族は人差し指をルーナに向けた。貴族達は一斉にルーナを見た。


 ルーナはやっと、この状況で自分が最も怪しい事に気づいた。

 ワインに元から毒が入っていたのならアーサーだけでなく全員倒れていたはずだ。つまり、後からアーサーのグラスにだけ何か仕込まれたと考えるのが妥当なのだ。そして、そのようなことができるのは、ルーナだけだ。


「わ、私、何もしてないわよ」


 ルーナは慌てて首を振った。当然、ルーナには身に覚えがない事だった。普通にもらったボトルを開けてグラスに注ぎ、皆に配っただけである。


「グラスに予め毒が入っていた可能性はないだろうか?」


 貴族の一人が別の可能性を指摘した。


「私は毒について詳しくないが、予め透明で液状の毒をグラスに塗っておけば気づかれずに殿下のワインに混入できるのではないか? そうであれば、そのハーフエルフでなくとも毒を盛る事はできた」


 しかし、別の者が反論する。


「グラスが誰の手に渡るかもわからずにそんな事をするか? グラスを配ったのもそこのハーフエルフなんだぞ。その女がワインを用意している間に毒を盛ったと考える方が筋が通っている」

「うふっ......もし本当にその女が毒を盛ったとしたら......」


 第3王子マーティンが不適な笑みを浮かべた。


「レオナルド殿が命令した、という事でしょうか? うふふ」

「......そういう事になるかもしれませんな」


 今度はリオに視線が集まる。リオはこの状況にも関わらず涼しい顔をしていた。


(なっ......人が黙っていれば好き勝手言って......!)


 一方で、ルーナの方ははらわたが煮えくりかえりそうだった。自分だけでなくリオにまであらぬ疑いをかけ始めた貴族に対して苛立ちが募った。見れば、後ろに控えていたヘイグもルーナと同じように憤怒の表情を見せていた。ルーナは我慢できずに何か言おうとしたが、先に第3王子マーティンが口を挟んだ。


「でもそれはなんだかおかしいですねえ。うふっ、皆の前で毒を盛らせるなどいかにも私を捕まえてくれと言っているようなものじゃないですか、うふふっ。そんな愚かな事、レオナルド殿はしないと思いますがねえ」


 マーティンはレオナルドを庇っているというよりは、状況を楽しんでいるようだった。さっきから、貴族達の同様に反してずっとニヤニヤと笑っていた。


「だが、現状あのハーフエルフが毒を盛った可能性が最も高い」

「そうだ、其奴を取り調べない限りは何も始まりません!」

「――――その女を捕えよ!」

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