100.濡れ衣を着せられるルーナ(2)

 その後、ベッドに寝かされていたアーサーの元に医者が到着した。治療を受けたアーサーは一刻後には目を覚ました。命に別状はない。


 目が覚めると、使用人に今の状況を聞いた。アーサーが倒れた後、ルーナが毒を盛ったと疑われて牢屋に連れて行かれたようだった。更に、主人であるリオにも容疑がかかり、今別の部屋に軟禁されている。


 アーサーはそれだけ聞くと、使用人達に一人になりたいと言って彼らを追い出した。今は一人ベッドで静かに横たわっている。


「ううっ......、酷い目にあった」


 応急処置では口の中にチューブを入れられ、洗浄液を胃に流し込まれ吸引される。それを延々と続けられるのだ。半ば意識があったため、地獄のような苦痛を味わった。治療が終わっても、アーサーはいまだ癒えない吐き気とめまいに悩まされていた。


「だが、――――

 

 アーサーは口端をニヤリと吊り上げた。


 ――実は毒を盛ったのは、


 毒は致死量でない程度に調整してあった。

 これは、ルーナやリオを貶めるための決死の策略だ。


 アーサーはわざとルーナにワインを用意させてみんなに配らせた。彼はワインが来た時、予め用意した粒上の毒を指の付け根で挟みその手でグラスを上からつかむふりをして毒を入れたのだ。そうすることで周りに気づかれずに自分のワインにだけ毒を入れる事ができる。


「ひひひっ......」


 アーサーは勝利を確信し、奇妙な笑みをこぼす。


「あのエルフ女が犯人なら、レオナルドが指示したと思われるだろう。噂が国中に広まるのも時間の問題だ。そうなれば、今度こそ第3の試練であいつは落ちるだろう。いや、その前に王族の殺人未遂で処刑かな? ......どうあいつらを地獄に落とそうか......どうあいつらを苦しめようか。考えただけで頬がゆるむ。ひひっ......」



「畜生! やられた......!」


 ヘイグが思わず部屋の壁に強く蹴りつけた。


 ルーナが捕まった後、リオとヘイグも部屋に軟禁されていた。


「今回はアーサー殿下にしてやられたな」


 リオが落ち着いた声で返事をした。


 今回の件、リオ達は、アーサーが全てを仕組んだという事に気づいていた。おそらくあの場にいた何人かの貴族も違和感に気づいただろう。だが、手を打とうにも、今は毒を盛った疑いで軟禁されている。手紙等、外との情報のやりとりも許されていない。


 ヘイグは、さっきから落ち着かない様子で部屋中を歩き回っている。時折、さっきのような怒声をあげては部屋の壁を蹴り付ける。


「だけど、殿下も致死量ではないとはいえ自分のグラスに毒を入れるなんて、今回は随分と無茶をしたね。一歩間違えれば本当に死んでいたかもしれないし、後遺症も残ったかもしれないだろうに。何をそう焦っているのだろう」


 ヘイグに反して、リオは椅子にまったりと腰掛け、両手を頭の後ろで組んで足を投げ出している。金獅子の団の一大事だというのに、口調からも焦りを一切感じない。


「ちくしょう!」


 ヘイグは再び部屋の隅を切りつけた


「少しは落ち着け、ヘイグ」

「これが落ち着いていられるか? こうしてる間にもアーサー派は後からどんどん証拠を捏造して話を固めてしまうだろう! ルーナは今牢屋の中だ! 拷問でも受けてるかもな! 何故お前はそう大人しくしていられるんだ!」

「だから、落ち着けって」


 リオは小さくため息をついて、片目を閉じた。


「こんな時のために保険をかけておいた。すぐに俺達は解放されるさ」

「......は? 何を言って......」


 その時、がちゃり、と扉が開いた。入ってきたのは、混乱した様子の使用人だった。


「い、今、アーサー殿下より命令が下りまして......――!」

「なに......!?」


 ヘイグは驚いて目をむいた。


「一体何故だ!?」

「今回の件、毒でなくアーサー殿下の持病が原因? だったとかなんとか......とにかくこの件に関して不問に付す、とアーサー殿下直々に仰せでした」


 使用人の報告に、困惑したヘイグはリオを見た。


「だから、言ったろ? 『保険をかけておいた』って」

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