98.金獅子の団の裏切り者は誰?(3)

「なっ! なんだこれは! ありえない! 破廉恥だ!」


 ヘンリーはやっとの思いで喉から声を振り絞った。珍しく真っ赤に顔を染めている。


「......そういえば、聞いたことがあります」


 マントの男を押さえつけながら、アランが真剣な表情で言った。


「王都には、どんな相手でも一目見ただけでその人の裸を淫らに描きあげてしまう伝説の春画家がいるそうです。通称......『ゴッドハンド』」

「......ゴッド......ハンド」


 ごくり、と男達は唾を飲んだ。


「デニス殿、これは......」

「これは......これは、仕方なかっただよおおおお」


 おいおいと、デニスが男泣きをしだす。


「もしやデニス殿......エルフ性愛コンプレックス......で、ござるか......?」

「......! お、おらはノーマルだ! ......た、ただ、ただ……エルフの二人があまりにも綺麗だったから......、仕方なかっただよおおお」


 流石にかわいそうに思ったのか、ジョエルがデニスを離すと、デニスは地面に崩れ落ちた。両手で頭を抱えて地面にうずくまる。


「じゃ、じゃあ、その男は獣公国じゃなくて、ゴッドハンド......?」


 ルーナは呆然とした目をマントの男に向ける。アランが男のマントを顔からはずすと、中年男だった。薄くなった頭に、獣の耳らしきものは一切見当たらない。


「一体なんなんだ! お前達は!」


 男は混乱したように叫び暴れる。が、アランは危なげなく押さえつける。ルーナの目からしても、男の動きは玄人に見えない。

 アランは男の持ち物を確認する。目立った物は特に持っていなくて、ポケットを探ったらくしゃくしゃに丸められた他の女の絵が数枚見つかった。


「......どうやら、本当にただの絵描きのようです......」

「もう良いだろ! いい加減にしろ!」


 男は力任せにアランを押しのけると、マントをかぶって走り去っていってしまった。呆然とするルーナ隊は誰も後を追う事はなかった。


「それでは先の獣公国戦で様子がおかしかったのはなんだったんでござるか?」

「? え......なんの話だか......?」

「とぼけんじゃないわよ! ぼうっとしたりそわそわしたり、独り言をずっと呟いていてたってきいたわ!」

「......あ......ああ、あの時! ......って見てただか......」

「皆気づいてたわ!」


 当のルーナは気づかなかったが、お構いなしに鬼の形相でデニスを睨みつける。


「......あの時、初戦でダンのおっちゃん大怪我しただ」

「......急になんの話よ」

「それで二日目、いよいよ自分はもう死ぬからっておっちゃん、ゴッドハンドの事を教えてくれたんだべ。何度聞いても教えてくれなかったけど、自分が死んで上客がいなくなったらゴッドハンドが筆を持つのをやめてしまうかもしれないと思ったんだろうな......。ともかく、おらはそれからもう......興奮して居てもたってもいられなくて夜しか眠れなかっただ」

「......」


 ちなみに、デニスの言っている『ダンのおっちゃん』__ルーナ隊の一人であるダンはまだ生きている。というか、さっきヴィクターとベンの取り巻きに混じって泥酔しながら元気にお尻を振っていた。


「そ、それじゃあ......」


 ルーナは震える声を出す。


「デニスは春画を買おうとしていただけで......スパイじゃなかったって事......?」

「......スパイ......?」


 デニスがキョトンとした顔で首を傾げる。


「?? さっきからなんの話をしてるだ?」

「......」

「?」

「............。......よ、よかっ......」

「......ルーナ?」


 ようやく、緊張が解けたのかルーナの頬がわずかに緩む。気のせいか、赤い瞳にうっすらと涙が浮かんでいるように見えた。


「......」

「......」


 ルーナは何かを噛み締めるように、安堵の表情でぐっと押し黙った。


 そして......


「......」

「......」

「......」

「......」

「......は? きっしょ」


 突然氷のように冷たい表情に変わるとルーナは「何がゴッドハンドよ!」と言って、ビリビリと2枚の紙を破いてしまった。


「あああああああ! おらの金貨2枚いいいいッ」

「ふん!」


 冷たい瞳でデニスを一瞥し、去っていくルーナ。


「は、破廉恥だ! 破廉恥だ! デニスのばかばかばかっ! もうっ......この、ばか! 僕はこう見えてお爺さんなんだぞ!」


 それに続けて、ヘンリーも真っ赤な顔をしてデニスを貶すと、逃げるようにしてどこかへ行ってしまった。


 続けてケンが口を開く。


「デニス殿はルーナ殿の事を娘のように可愛がっているものだとばかり思っていたでござるが、幻滅でござる」


 ガーン。今までで一番の言葉をガツンと言われて、デニスの頭でドラが鳴り響いた。


「自分は仲間を裏切っているのか、って言ってたのはこういう事だったでござるね......。たしかに、期待を裏切られた感すごいでござる」

「でも、身近な人で妄想したくなるの、わかりますよ。こう......罪悪感が良いんですよね」

「え、ジョエル殿何言って、......何を言ってるでござるか......?」


 と言った感じで、ジョエルもケンも言いたい事だけ言って去っていく。


 デニスは精神的ショックで地面に四つん這いのまま固まっている。後に残ったアランが、彼にそっと耳打ちした。


「あの......後でさっきの春画家、紹介していただけませんか?」



 中央街では市民達が祭りで大いに盛り上がり、賑やかな夜を楽しんでいる。そんな平民達とはまるで別世界のように、貴族達が住む上級街は静かな夜を迎えている。上級街の一画には一際豪勢な邸宅が建っていた。ここには第四王子アーサーが普段住んでいる。彼は他の王子達と顔を合わせるのを嫌い、王都にいる時は大抵城ではなく別邸で過ごしていた。


「アーサー殿下」


 召使がアーサーに声をかける。


「客人が来ております。金獅子の団の方です」

「......なに?」


 『金獅子の団』の単語を耳にした瞬間にアーサーの表情が険しくなる。アーサーの中でリオやあの生意気なハーフエルフの顔がちらつく。


「会うわけないじゃないか。俺に聞く前に門前払いしろよ。気分が悪い」

「それが......」


 召使がおずおずとアーサーの耳に口を近づけた。


「なんでも......金獅子の団のスパイだとか」

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