97.金獅子の団の裏切り者は誰?(2)

 伝言インコの情報を元にルーナ達はグリーン通りの中心にある教会に向かった。あたりはすっかり暗くなっているが、祭りの本番はまだこれからだと言わんばかりに通りは大盛り上がりだった。だが、教会付近まで来ると人通りが少なくなっていく。祭りの熱気がなくなり、なんとなく肌寒さが増した。


 通りを進むと、建物の合間にどこにでもある小さく平凡な教会が見えてくる。全体の大きさの割に立派なステンドグラスからは明かりはなく、教会の周りは真っ暗だ。暗闇に目が慣れてくると、教会の手前に一人の人影がある事に気づく。


「――アラン」


 ルーナは小さく鋭い声で鋭い声で部下の名前を呼ぶ。


「......待っていました」


 アランは教会の壁にぴったりと背中をくっつけて、角の向こうを親指で指さす。ルーナ達はそっと角の向こうを覗く。そこは教会の小さな裏道になっていて、二人の影が見えた。


 一人は大きな角が生えた牛頭の獣人__デニスだった。そしてもう一人はマントをかぶっていて顔がよく見えない。


「......あっ」


 ルーナは思わず、小さく声をあげた。


 マントの男の手には金貨2枚が、そしてデニスの手には重ねて折り畳まれた2枚の紙があった。


 ルーナ達から少し距離があったが、デニスとマントの男の会話がうっすらと聞こえた。


「おら以外にも、こんな事する奴結構いるんだろ?」

「......ああ」

「おらは......おらは......仲間を裏切っているんだっぺ?」

「......」


 デニスに苦悶の表情が浮かぶ。紙を握る手が震え、不安と緊張が滲み出る。


「......デニス殿......やはり某達を裏切っていたでござるか」


 ケンが小さく呟く、や否や事態は動いた。


「――デニスッ!」


 ほぼ絶叫に近い怒鳴り声が響き渡る。


 ――瞬間、デニスの体は後ろに吹っ飛んでいた。


「......え?」


 その場の全員が唖然とする。


 気づけばルーナが飛び出して、デニスの顔をぶん殴っていた。


 デニスの右の頬が赤く腫れ上がる。倒れたまま目が数秒回転した。


「......ル、ルーナ?」


 アラン達は現状に頭が追いつかずしどろもどろになるが、もうルーナは自分を抑えることができない。


「あんたって奴は何をこそこそと! その紙は何? 何なのよ! バカッッ」

「ル、ルーナ? な、なんでここにいるっぺ......!?」


 デニスはやっとの事で上体を起こし、頬を抑えながら立ち上がった。もし顔を覆う毛がなければ、おそらく真っ青になっていただろうぐらい、絶望的な顔をしていた。


「質問に答えなさいよッ!」


 ルーナが問い詰めるとデニスは苦虫を噛みつぶしたような顔をして黙り込んだ。マントの男から受け取った紙を握りしめる。


「その中身を見せなさい! 今すぐに! これは隊長命令よ!」

「......こ、これはだめだ......」

「見せなさいっつってんのよッ!」


 ルーナはデニスに詰め寄り、無理矢理デニスから紙を奪おうとした。デニスは慌てて紙を持った手を上にあげた。デニスの体躯は大きくルーナの身長では届かない。


「デニス、あんたやっぱり......」

「る、ルーナ......これには訳が......」

「もう良いッ! ジョエルッ!」


 ルーナが鋭い声で叫ぶと、教会の影からジョエルが飛び出しデニスを羽交い締めにした。


「......なっ! ジョエル!?」


 デニスは驚き抵抗するが、ジョエルはしっかりとデニスの体を固定した。

 しかしその時、マントの男が逃げ出した。


「させません!」


 が、逃げた先は丁度アラン達が隠れていた方角で、アランが男にドカンと覆い被さった。

 それに続き、ヘンリー、ケンも姿を現す。デニスはいよいよ困惑した様子だった。


「み、皆!? どうしただか!?」

「どうしたじゃないわよッ! あんたって奴は......! ほんとに、ほんとに......もう......!」


 ルーナは一人半泣きになる。その間にもヘンリーは羽交い締めにされたデニスから、例の紙を奪い取る。


「ま、待って......! だめだ!」


 デニスの静止は聞かず、ヘンリーは折り畳まれた紙を広げた。


「......なっ......」


 ヘンリーは中身を確認し、そして、言葉を失った。


「ヘンリー殿、どうしたでござる!? 中身はなんだったでござるか!?」


 中身を見たケンまで表情が凍りつく。ルーナも、羽交い締めをしながらジョエルも、顔を覗き込んで紙の中身を確認する。


「......こ、これは......!」


 紙には、絵が描かれていた。


 それは、銀髪に赤い瞳のエルフ__いや、これはこの場の誰もがハーフエルフ、ルーナの絵だとわかる。しかし、単なる似顔絵ではない。


 ――描かれていたのは、ルーナの裸体だった。


 絵は、ベッドでうつぶせになって顔をこちらに向けているルーナを真上から描写していた。普段一つに編み込んでいる銀髪をほどき、ほぼ全ての服を脱ぎ捨て、純白のパンツだけを身に纏っている。しかし、それも半脱ぎされて大胆にも美しい《あっは〜ん♡》がこちらに突き出され、恥じらいながらも誘うような視線を送っている。上半身は傾き、《あっは〜ん♡》が銀髪の隙間から覗いている。


「こ、これは......春画でござるか! ......う、うまい」

「......」


 ヘンリーは無言でもう一枚の紙を見る。そして、今度こそ絶句した。


 描かれていたのは、今度はルーナでなく銀髪に銀色の瞳__純エルフの裸だった。


 絵の中のエルフはベッドに座って後ろに片手をついて大胆に足を広げている。周辺にはルーナの絵と同様、服が脱ぎ捨てられている。露になった上半身は、小柄な体に引き締まった筋肉が見える。唯一着用しているのはやはりパンツのみ。パンツ、というか線に近く、ほぼ全てが露になり大事な部分が隠せてない(これはパンツなのか?)。


「エルフの......男?」


 ――隠せていない先に何があるのか? そこには、可愛らしいエルフ顔にそぐわない凶器のような《あっは〜ん♡》があった。赤く腫れ上がり今にも爆発しそうなそれを、まるで《あっは〜ん♡》をするかのように他方の手で触り、切なそうにこちらを見ている。


 男の裸とはいえ、この世の物とは思えない美貌に男達は目がくらんだ。


「というか、これ......ヘンリー殿でござるか?」

「あああああああ」


 デニスがこの世の終わりのような悲鳴をあげた。


 ケンは何度か顔を動かし、絵とヘンリーを見比べた。


 エルフは通常老若男女皆同じ顔立ちだが、絵の中のエルフとヘンリーは短く切られた髪型が一致し、描かれた衣服はヘンリーが普段着用している物と同じだ。

 唯一の違いといえば、ヘンリーは先の聖地ヴゴの森戦で片腕を失っているが、絵の中のエルフは両腕がある事だ。


「でも、それ以外は同じでござる。ほら、首筋のほくろの位置も」


 ケンの言う通りここまで特徴が一致していると、ヘンリーと断定できそうだ。


「なっ! なんだこれは! ありえない! 破廉恥だ!」


 ヘンリーはやっとの思いで喉から声を振り絞った。

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