96.金獅子の団の裏切り者は誰?(1)
人々が祭りを楽しんでいる頃、とある邸宅にて男女が逢瀬を交わしていた。夜の闇が彼らを包み、姿は見えない。
「ああ......。レオナルド様......この時を待ち焦がれてました......。あなたをこの胸に抱くこの時を......」
「......」
「ふふふっどうです? この格好。あのセーラなんていう小娘より余程刺激的でしょう?」
「……」
――――
――――――――
「......っ......あ......はぁ......はあ......あ......」
「......」
「......っ............あはぁ......っ......ああ......」
「......」
「......ああ、はあはあああああ......レオナルド様......っもっとぉ......」
「......」
「もっと......もっと......もっと私を痛めつけてぇ......」
「......」
――――
――――――――
*
「――――デニスがスパイかもしれない」
ヘンリーは固く言い放った。ルーナは息をのむ。
デニス......ルーナ隊のメンバーの一人だ。焦げ茶の毛深い体毛に覆われていて頭は立派な角の生えた雄牛の獣人。ルーナ隊の中ではかなりの体格の持ち主だが、普段は田舎の方言が混じった言葉遣いで、穏やかでひょうきんな性格だ。彼はレウミア城戦の折には獣公国の兵士のふりをして勇敢に敵地深くに潜り込んでくれた信頼の置ける配下だ。そんな彼が......スパイ?
「ふざけんじゃねえわよッ! デニスがスパイなわけないでしょ!」
怒鳴るルーナ。だが、ヘンリーの眼差しは真剣そのものだった。とても冗談で言っているものとは思えない。
「......ルーナ、どうか落ち着いて話を聞いて欲しい。僕らがデニスを疑う理由は先日の獣公国戦前、彼の様子がおかしかったからだ」
「......どういう事よ」
そこに、ジョエルが腕組みして口を開いた。
「ぼうっとしていて話しかけても心ここにあらず、と言った様子でした。かと思いきや、急に周りの視線にそわそわし出すんです」
「何やらぶつぶつと独り言を呟いている時もあったでござる」
ケンも心当たりがあるらしく頷いて言った。
「......他にもデニスの異変に疑問を持った人は何人かいたようだった。その後、また王都に帰ってから見るからに様子が変わった。そして、僕の疑念は今日確信に変わった。デニスは明らかに今日、何らかの行動を起こそうとしている。そう思わせるくらいに様子が変わっていた。......今日はなんの日か? ――建国記念祭だ。門の出入りが多くなり検閲が緩くなっている。もしデニスがスパイなら今夜、獣公国の手の者と接触する絶好の機会だ」
「な、何よそれ! じゃあ何!? 『なんとなく』、『様子だけで』、デニスの事をスパイだって決めつけるっていうの!? デニスが別の事で気を揉んでるんかもしれないじゃない!」
「......そうだよ。今の所、何か明確な根拠があってデニスを疑っているわけじゃない。勿論、ここにいる僕らの中にスパイがいる可能性だってある」
「......!」
お互いがお互いに顔を見合わせて一瞬、空気が緊迫感に満たされる。
「......スパイの存在自体が僕の杞憂だったって可能性もあるけど......」
呟くヘンリーは、そうあって欲しい、と心から願っているようだった。
ルーナははっとした。さっき祭りでデニスにばったり会った時の事を思い出した。デニスはルーナとリオを見て戸惑っているように、怯えているように見えた。
「デニスは獣度の高い獣人だ。獣公国のスパイだったとしても不思議じゃない」
「! 種族差別よ!」
「......事実を言ったまでだ」
「あいつは金獅子の団結成当初からずっといた最古参なのよ!」
「ああ、ここにいる皆と同じくね」
「......っ」
ルーナはうつむき黙り込んだ。目の前の3人は本気だ。本気でデニスを疑っている。10年近く戦場で背中を預けていた仲間を疑うのだ。彼らにとっても辛い話だろう。
「もし、デニスが、スパイだったら?」
「......」
「今回の戦、リオが大きな怪我を負わされた時、僕は、しまったって思ったよ。金獅子の団の心臓を狙うなら、リオだ。だけど敵はルーナを狙った。そして、あのネズミの将軍......まだ名が通っていない金の卵を配置してルーナの油断を誘い確実に仕留めようとした。これが偶然だったら、別にそれはそれでいい。だけど、偶然じゃなかったら? 敵がもし、リオの弱点がルーナだって知っていたら? ルーナが追い詰められたら、リオが危険を冒してまで助けようとするって分かっていたら? もし、着実に金獅子の団を追い詰めるために、スパイが僕らの中で静かに息を潜めているのだとしたら?」
ごくり、とルーナは唾を飲み込んだ。
「――脅威だよ」
「――――っ」
「僕だってこんな事考えたくなかった。だけど、考えれば考えるほど、僕達の中にスパイがいる可能性に気づかざるを得なかった。それで......それで......」
ヘンリーは言いづらそうに首を振った。
「......僕らは今日、デニスの行動を追うことにした。デニスが今夜何をしようとしているのかこの目で確かめるんだ......」
「......! ......そんなの......そんなの教えてくれなかったじゃない! なんで今まで言ってくれなかったのよ!」
「言えなかったんだよ。ルーナ、君は部下達を愛している。だから、本当に行動する事になるまでルーナには言えなかった。でも、今日こそは言わなければと踏み切ったんだ。......今まで隠しててごめん」
「......そんな」
「......さっきも言った通り、この話に明確な根拠はない。だから、この話はひとまずリオ達には出さず、ルーナ隊だけで共有している。僕達だけでデニスの行動を見張るんだ」
《ガァッガァッガァッ》
その時、野太い鳴き声のピンク色のインコが飛んできてヘンリーの肩に止まった。
「伝言インコだ」
ヘンリーは言った。
《デニスがニッしのぐりぃん通りの教会の裏道に入りましタぁ。顔を隠したモノと対談していまス》
ヘンリーは頷いた。
「アランからだ。アランにデニスをつけさせて伝言インコでやり取りをしていたんだ」
ちっ、とルーナは舌打ちをした。
「あいつも一枚噛んでるってわけね。......クソ、皆して私に内緒でコソコソと......」
ルーナは苛立ちを抑えきれずにいた。
「行こう、皆。僕たちで真相を突き止めるんだ」
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