94.ハーフエルフと人間は距離感がわからない(1)

 リオが戦で大怪我を負い王都に帰ってから数週間の時が経った。

 あれから手厚い療養生活の末、リオはかなり活発に動けるようになった。


 夕日が西の空に沈み、空が暗いオレンジと紫に染まる頃、リオとルーナは、二人で王都の中央街を歩いていた。


 大通りには多くの人々が集まり、色とりどりの旗が風に揺れている。音楽が響き渡り、太鼓のリズムに合わせて人々が踊り始める。


 今日この日、王都ロモントでは建国記念祭が行われていた。人も獣人も、誰も彼もの笑顔と歓声が会場に響き渡り、祭りの空気は陽気で爽やかだ。子供達は目を輝かせて走り回り、大人たちは酒と食べ物を楽しんでいる。


 リオのリハビリもかねて、二人は久しぶりに水入らずで屋台を見て楽しんでいた。2人共、いつもの鎧は着ておらず平民の格好をしている。

 ルーナの顔は『赤い鎧』として知れ渡っていないが、リオは王都ではかなり有名なのでマントで顔を隠している。そのため、目立つ事なくすっかり平民の中になじんでいる。


 占い師に将来を占ってもらったり、世にも奇妙な薬瓶が並べられている屋台で惚れ薬を売りつけられたり、ガルカト王国中から集まった様々な伝統お菓子を食べてみたり。

 少し見て回るつもりだったが、思いのほか、祭りの雰囲気が楽しくて、長々と二人は歩いていた。


 祭りを一通り楽しんだ後。夜にはリオに用事があり、帰ろう帰ろうと言いながら二人は離れ難くなんとなくぶらぶらと歩く。その時、眼前に広場が広がる。沢山の男女がペアになって、軽快な弦楽器の音楽に合わせて踊っていた。


「ルーナ、一緒に踊ろうよ。まだちょっと時間あるからさ」


 リオは珍しく興奮気味にルーナの手を引っ張った。


「いやよ」


 だが、ルーナは動かない。


「なんだよ。まだ......」


 リオは少し困ったような顔をして言葉を切った。だが、ルーナにはリオが何を言おうとしていたのか分かる。まだこの間のダンスパーティーの時みたいに不貞腐れてるのか、と言いかけたのだろう。


「違うわよ! ......兄貴、まだ怪我ちゃんと治ってないでしょ。ダンスなんて激しいことしてまた傷口が開いたら大変よ」


 リオは残念そうにため息をついた。


「......。......あの時は、悪かったわよ......兄貴、楽しみにしてたのにダンス踊らなくて......」

「!」


 ルーナはシュンッと長い耳を垂れ下げて、下を向いた。視界にリオに掴まれた手が見える。


「......あの時は、兄貴の事をどう思えばいいのか、割り切ればいいのかわからなかったから......。......ごめん、兄貴。私、今もまだ兄貴のことをどう思えばいいのかよくわからない。でももう少しで......」


 コテン、とルーナの額がリオの胸にくっつく。力なくリオに寄りかかる。


「......なんとかなりそうなのだから......」

「......」

「もう少しだけ待って。そしたら私、兄貴のこと......」

「る、ルーナ......」


 リオの声音はほんの少しだけ、戸惑っているようだった。

 ルーナは体をリオに密着させたまま、静かに瞳を閉じた。弦楽器の軽快な音楽が一瞬遠のいた。


 リオの鼓動が額から伝わってくる。

 リオの優しく穏やかな声が間近に聞こえる。

 リオのむかつくくらい謎にフローラルな匂いが鼻腔をくすぐる。


(兄貴、兄貴、兄貴......)


 今だけは、自分とリオの二人だけの時間のように感じた。


「......ルー......」


 一方、リオは右手をあげたが、ルーナの肩に置くでもなく背中を抱くでもなく、宙をさまよった。


「俺も......俺も、まだよく分かってなかったのかもしれない。ルーナの事を、どう思えばいいのか」

「......兄貴」

「俺も、もう少しちゃんと考えてみるよ」


 ルーナは顔を上げて寂しげに微笑んだ。


 リオがちゃんと考えると言った。ちゃんと考えて出る結論は、やはり夢を突き進めることだろう。自分たちは死体を積み上げすぎた。仲間も、......敵も。もはや立ち止まることすら許されない。夢を前へ前へと進めなければならない。リオは、ルーデルを統一し、この世から争いを無くさなければならない。そして、そのためにセーラと結婚し王になるのだ。


「ヒューヒュー熱いねぇ!」

「彼氏さんも、そこはぎゅってしてあげなきゃ!」

「エルフのカップルなんて珍し!」


 酔った獣人の中年男達が手を叩いて二人をはやし立てた。リオはマントを深く被っているので、ルーナを見てエルフのカップルだと思ったのだろう。正しくはハーフエルフだが、街の人々は違いなどわからない。


「ん? 男の方、エルフか?」


 中年男達の一人が訝しげに眉をひそめる。シルエットをよくよく観察すれば、リオの耳がエルフサイズでない事にいずれ気づくだろう。


「行こ、兄貴」

「あ、ああ」


 ルーナはリオの手を引っ張った。


「兄貴の怪我が治ったら今度こそちゃんと一緒に踊ろう」

「......! ああ、そうだね」


 リオはにっこり微笑んだ。

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