92.第3の試練

「――――ゃ?」

「......」


 ......


「........................は?」


 しんっと静まり返った。貴族たちが一斉に息を呑む。


「陛下、今、なんと......?」

「だから、レオナルドとは誰じゃ?」

「ま、まさか、国王陛下......恐れながら、レオナルド殿をお忘れになったのですか......?」


 貴族が恐る恐る言った。


「なんじゃと!」


 すると、王はカッと目を開き、血相を変えた。


「このうつけ者! わしを耄碌もうろく扱いするのか! レオナルドなど、わしは知らん!」

「で、ですが、陛下......!」

「ええい、わしに反論するかこのたわけが! 誰かこの者を投獄しろッ!」

「――父う......国王陛下お待ちください」


 王を止めたのは、リオだった。

 王は振り返り、ぼんやりとした青い瞳でしばらくリオを見つめた。


「......こ、国王陛下......」


 リオはいつになく張り詰めた顔で、王を見返す。


「......」

「......」

「......」

「......」

「............」

「......おお、おおお。レオナルド、レオナルドではないか! 息災そうで何よりじゃ!」

「......」


 王は何事もなかったかのように、無垢な笑顔を作った。黄色い花を握った手をリオに突き出した。


「レオナルド、たんぽぽじゃ!」



 ――カツカツカツ


 軍儀の後、弾くように靴の音を立てて、第四王子アーサーは一人、城の廊下を歩いていた。


 ――カツカツカツ


 ――カツカツカツ


 ――――ガンッッ


「クソが! 平民の蛆虫め!」


 大きな柱の一つを蹴飛ばしアーサーは叫んだ。アーサーの声が廊下でこだまする。廊下は広々としていたが、誰もいない。


 リオのあのすました赤い瞳が気に入らない。いつも顔を合わせると人を蔑んだ目で見てくる。


「俺を貶めて、自分を上げようとしているんだ! だから軍議中俺の意見ばかり否定するんだ!」


 ――ガンッ


「一番年が若くて、呪いの片目を持っているから! だからねじ伏せるには丁度良い的だよなァッ! お前は本当に卑しい平民だよッ!」


 ――ガンッ


「平民のくせに!」


 ――ガンッ


「少し会わなかっただけで父上に忘れられるボンクラカスのくせに!」


 ――ガンッ


「あの顔! あの顔! 父上に一瞬忘れられて真っ青になったあの顔! あれがあいつの本性だ!」


 ――ガンッ


「セーラはあいつに騙されているんだ!」


 ――――ガンッ


「死ね! あんな奴死んでしまえ! 死ね死ね死ね!」


 ――――ガンッガンッガンッ


 その時、誰もいないと思っていたが、アーサーはふと後ろに人の気配を感じた。振り返ると柱の奥から一人の貴族が出てくる。


「アーサー殿下......」


 おずおずと顔を出した人間の男はアーサーの見知った顔だった。


「ファルヴァシア卿か」


 先ほど聞かれたであろう罵詈雑言の事など気にする様子もなくアーサーは男の名前を口にする。

 ファルヴァシア卿と呼ばれた男はアーサー派閥の貴族の一人だ。彼は貴族の元老院の重鎮で、以前の第2の試練の時も、試練の内容をあらかじめアーサーに情報を横流しした人物である。


「......それでどうだった?」

「二つ、報告がございます、殿下。まず、朗報です。アドルフ殿下が退そうです」

「ハッ」


 アーサーの口元が緩んだ。元々体の弱かった第一王子アドルフは第二の試練から帰って以来、体調が悪化し床に伏していた。それが第二王子の訃報を聞くと、今度は精神も犯されるようになった。「きっと自分にも何かが植え付けられているに違いない。その内自分の体を侵食し、最後には魔物に飲み込まれてしまう」と、上言のように言うようになった。第一王子の脱落は時間の問題だった。


 これで王選びは、第三王子マーティン、第四王子アーサー、そしてリオの3人となる。


「それで、二つ目の報告は?」

「二つ目は......。......第3の試練の内容が決定しました」

「......」


 緊張が一気に高まる。


 「まだ日時は決まっていませんが......」とファルヴァシア卿は前置きする。アーサーは黙って先を促した。ファルヴァシア卿は額を汗で濡らし、手で拭う。彼の全身から焦燥感が伝わる。


「殿下、今回の第三の試練のテーマは、『人気』です」

「......は?」


 予想外の言葉にアーサーは一瞬呆けた。


「今回は、を行うようです」

「......何だと?」

「王子たちの人気度を測るのです。今回はまだ第3の試練なので、1位になった者をそのまま王にするということはないかと思いますが、一番不人気だった王子様を王選びから脱落させる形になるかと思います。投票は一人一票まで。家柄に関係なく、票の重みは均一です。匿名制で絶対にお互いに票の中身がわからないようにし、自由に投票できるようにする仕組みのようです」

「――――ハッハッハッハ!」


 突然、アーサーは高笑いをした。


「その形式であれば、あいつ__レオナルドは、今度こそ落ちるだろう! あれを支援しているオルレアン公爵とその配下達は、権力を結集すれば確かに他の派閥と拮抗している。だが、それは個々の権力が大きいからであって、人数で言えば依然として最も少ないのはレオナルドだ。票の重みは均一、ならば落ちるのはあいつで確実だ」

「いえ、その、それが、アーサー様......」


 ファルヴァシア卿はどこか言いづらそうに目を泳がせる。


「投票するのは貴族の当主だけではないのです」

「......何?」


 アーサーは眉をひそめた。


「まさか、貴族全員__女子供にも投票権があるというのか?」


 アーサーは表情を曇らせる。


 先日のダンスパーティーでも分かる通り、レオナルドの女性人気はかなり高い。公正を期すために票の中身がお互いに分からないようになっているのであれば、彼女達は当主の目を盗み、私情でレオナルドに票を入れてしまうかもしれない。


「いえ、それが......それだけじゃないんです」

「なんだまだ何かあるのか!」

「貴族だけではなく、投票権は全員にあるのです。すなわち、――、アーサー殿下!」

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