87.えっち、する?(1)

「......何ですか、このお祭り騒ぎは」


 アランは、目の前に広がる光景に唖然としていた。遠征から帰り、王都に戻った日の夜、純エルフのヘンリーに誘われていつもの酒場に行くとそこは金獅子の団で埋まっていた。歓声と笑い声に包まれていて、酒瓶の山をフォークで弾いて楽器にし、大合唱している。まるでお祭り騒ぎだ。ここ最近は数人、多くてもルーナ隊メンバーだけで飲む事は度々あったが、団全員でこれ程騒いでいるのは久しぶりに見た。何かあったらしいのは一目瞭然だ。


「アラン君も来たのね〜」


 酒場に入るとすぐに小柄な中年男__ドワーフのヴィクターに声をかけられた。彼は、三つジョッキを持ってジャグリングしていた。


「ついにリオがあのお嬢様にプロポーズしたんだ」

「! ......な、なんですって」


 アランは一瞬耳を疑った。表情が一瞬にして凍りつく彼に気づかず、ヴィクターは饒舌じょうぜつに話す。


「リオは今、オルレアン公爵の別邸で休んでいるだろう? そこにあのセーラ様が見舞いに来て、愛の告白をしたってわけさ。リオとセーラ様を二人きりにした後、俺は部屋にしっかり扉に耳つけて聞いてた。間違いないよ」

「じゃ、じゃあ、セーラ様の返事は......?」

「その時はまだ気持ちの整理ができてないからって保留になった。まあ、あの様子じゃ確実にリオに落ちてるから時間の問題だと思うけどねぇ。あ、一応言っとくけどまだ団の連中以外には口外しないでね」

「......」


 アランは呆然とした。ヴィクターが「でさー盗み聞きしていたら、オルレアン公爵に『けしからん』って怒られたんだけど、公爵も気になってたみたいで、結局仲良く肩並べて扉に耳つけてたんだよね。なかなかの絵面でしょー」と面白おかしく話を続けるが、心ここに在らずと聞き流す。


 その時、ふわっと柔らかい髪の毛の感触を感じたかと思うと、ガシッと誰かに肩に腕を回された。


「フヘヘヘヘッ」


 変な笑い声でアランに絡んできたのはルーナだった。ルーナは今は街女がよく着るワンピースの格好で、すでにかなりお酒を飲んで長い耳の先まで真っ赤になっている。


 アランは内心びくびくしながらルーナの表情を伺った。彼女は満面の笑みを浮かべていた。アランは心のどこかで不穏さを感じつつも、ひとまずは泣いたり怒り散らしたりしているわけではなさそうなので、ほっと胸を撫でおろす。


「あんたも酒飲みなさいよ! えへへへへへっ」


 ご機嫌にグビグビと酒を飲むルーナ。


「あのルーナ......だ、大丈夫なんですか?」

「あん? 大丈夫って何がよ。これで兄貴がセーラ様とくっつけばオルレアン公爵の権力は兄貴につくことになるわ。安泰よ! 安泰! 兄貴が王様になる日も近いわね!」


 へへへへっと、ルーナは高笑いをあげる。


「......」

「ねえアラン、あんたさ、ちょっと面貸してくんない?」

「え? ......あ、は、はい......」


 あまりにもテンションの高いルーナの不穏さに内心ドキドキしているアランは言われるがままにルーナについて外へ出た。



 酒場から出て逆らう事なくルーナの行先についていく。


 しばらく歩くと、ルーナが足を止めた。


 そこは、広く木々に囲まれた自然公園だった。目につくベンチは空っぽ。人の気配も動物の気配もない。月明かりだけが、道を照らし、木々の葉を揺らしている。公園は静寂に包まれており、ただ時折、遠くの方で喧騒がかすかに聞こえるのみ。

 アランはぶるりと身を震わせた。それが寒空の下を歩き続けたからだけではない事は本人がよくわかっていた。


「る、ルーナ......。ここに何の用ですか......?」


 恐怖で声が裏返りそうになるのを必死で堪える。ルーナの背中だけが見える。何をしだすかまったく予想ができない。


 すると......


 ――スル......ッスル......


「............え? え? え? ちょちょちょっとルーナ......!?」


 公共の場にも関わらず、ルーナはワンピースをスルリと脱いだ。無数の古傷がついた白い肌が一気に露になり、月の光をいっぱいに反射した。気づけば大事な部分だけを隠す薄い下着のみ。アランは急いで周りを見回した。やはり、誰かがいる気配はなく、ほっと息をつく。

 

 ルーナはそんなアランの様子を見て、妖艶に微笑む。頬も耳も酒のせいで火照っていて普段の何倍も色気があった。


「......ふっ......」


 すると、今度は見せつけるようにゆっくりと腰を揺らして、下着までもスルスルと脱ぎだした。


「う......うわあああ! ままま、待ってください!」


 アランの言葉だけの静止は全くの無意味で、ルーナは臆面もなく大事な部分を露出した。年相応に膨らんだ胸に、肌が白い分目立つ桃色の乳頭。無意識の内にアランの視線が徐々に下に落ちていく。


(......あ、やっぱりは銀色なんだ......っていやいやいや)


 アランは今度こそ焦って視線を外した。


「......あ」


 人気のない夜の公園で、ふわりとルーナはアランに抱きついた。アランはドキンと胸が大きく脈打つのを感じた。


「る、ルーナ......? ほ、本当にどうしたんですか......?」

「......」

「......る、ルーナ!......」

「......ねえ、アラン、......する?」

「..................................................................へ?」


 アランは思わず間の抜けた声が出る。ルーナの言葉が理解できず__否、脳みそで咀嚼しきれず、頭を通り抜けていく。


「だから、......えっち、する?」

「......」


 アランはさっきから目の前の現実が理解できなかった。ルーナの言動の一つ一つが全く、理解できない。


「......冗談、でしょ......?」

「......ふふっ......」


 ルーナはアランに抱きついたまま、顔をあげて天使のようににっこりと笑った。


 ――ド、ド、ド......


 心臓が早鐘のように打って痛い。

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