88.えっち、する?(2)
「ど、どうしちゃったんですか......? ルーナ......」
「あん? どうもしないわよ」
「でもおかしいですよ......こんなの、ルーナらしくない」
「うっさいわね。私だってムラつく時ぐらいあんわよ。で、丁度あんたがいたからヤろうって思っただけ」
「......な、何を......?」
ルーナは小馬鹿にしたようにくすくすと笑った。口をゆっくりアランの猫耳に近づけ、ささやいた。
「......だぁかぁらぁ。さっきから言ってんじゃない」
「............あっ......!」
腰が抜けて、アランは後ろに倒れた。そこにルーナが覆い被さる。ルーナはアランの眼前で笑うとゆっくりと瞼を閉じた。
ゆっくり。ゆっくり。桜んぼのような可愛らしい唇が、徐々にアランの口に近づく。
「......っ」
アランは思わず顔を逸らし、唇の端の少しそれた部分にルーナはキスをした。
「......ふふっ、なに怖気付いてんのよ」
そう言って、ルーナはさらりとアランの胸部を触る。シャツの上から凹凸を探るようにルーナの細い指が這う。それと同時に、アランの陰部にルーナの柔らかいそれがこすりつけられる。布ごしではあるが、確かに温かな感触を感じた。アランは思わず息を漏らす。
「んっ......」
ルーナは艶かしい声を漏らして、胸がゆれる。体勢的に否が応にもルーナの局部が見える。
「......触る?」
「......いえ......」
「やだ、触って......♡......」
アランの手が強引に掴まれ、ルーナのやわらかい部分にあたる。
「............ッ」
「......♡......んっ......っ............♡......」
かああっとアランの頭に一気に血が上る。
「ルーナ! 悪ふざけももう大概にしてください! ほ、ほら、こんな寒い中いつまでもそんな格好じゃ風邪ひきますよ!」
「今からあったまる事すんじゃない」
彼女は次第に自分で腰を揺らし始めた。「アランの......ここ......欲しいな......」と切なげに自分の腹をさすった。
(まずい......これ......)
アランは気持ちが高まって落ち着かなくなってきた。喉が異様に乾く。獣人であるアランには発情期が定期的にあるのだが、その感覚に似ていた。このままでは自分を抑えられなくなる気がする。
「ま、待ってください! 本当に! お願いだから!」
「ああん? 何よ......。ああ......」
ルーナは自分の体を見渡した。
「戦場の古傷だらけだし筋肉もついてるものね。萎えた?」
「違う! そんなんじゃなくて! こんなの絶対おかしいですよ!」
「でっかい声出すんじゃないわよ。人が来るでしょうが」
そう言ってルーナはゆっくりとアランのズボンを下ろそうとした。もう訳がわからない。
「――やめて!」
バンッ
思わずアランはルーナの頬を叩いた。
「痛っ……。何すんのよ!」
ドゴォッ!
アランの平手打ちの何倍もの威力で、ルーナが殴り返す。ルーナに覆い被さられた体勢で逃れられない衝撃を受け、地面に頭を強くぶつけた。気の遠くなるような痛みにどうにか堪える。
「......ううっ......ルーナ、正気に戻ってください」
「はぁ? 私はいつだって正気よ!」
「あなた、失恋のショックで部下に......大事な部下に手を出すような......そんな卑怯な奴じゃなかったでしょ!」
「はああ? 何言って......」
「ルーナはリオ団長を他の女に取られてやけになっているだけだ! だから別の男を使って憂さ晴らしをしようとしてるんだ! これじゃゲイリー達がふざけて言ってた事と同じじゃないか!」
二人の間に重い沈黙が訪れる。
「......」
「......」
「......失恋なんかじゃないわよ......」
「......失恋でしょうが。それで子供みたいに喚いて、自暴自棄になって、部下に手を出してるんでしょ」
「うるさい黙れ」
「......残念です。僕は、誰よりも誇り高く強い『赤い鎧』に憧れてこの団に入団しました。それが、こんな卑しい人だったなんて......心の底から残念です。軽蔑します」
「ああああ、うるさいうるさい黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れッッ」
ドカッ
ルーナはアランの襟首をつかみ、頬に再び渾身の一撃をくらわせた。殴られた部分が赤く腫れ上がる。死ぬほど痛い。
「あんたいつからこの私にそんな口きくようになったのよ!」
「いくら僕が落ちこぼれだからって、こんな扱いを受けるいわれはありません!」
ルーナの中の抑えきれない感情が爆発した。ルーナは憤怒の表情で目を血走らせ、拳を再び固く、固く握りしめた。
次の一撃は、今度こそやばい。
アランの直感がそう語った。だが、目をそらさない。真正面からルーナを睨みつけた。
――ガンッ
鈍い音が響く。だが、アランに衝撃はなかった。ルーナは拳をアランではなく、地面に叩きつけた。
「........................」
「......」
「......」
「............」
「......」
「..................」
「......」
「う......うう......」
重い沈黙の中、小さなうめき声が、ルーナの口から漏れ出た。
......
............
《親父さんが親じゃないって言うなら、俺達は兄妹だな》
ルーナの中で、どこからか、懐かしい声が聞こえた。
《ルーナは多分誕生日プレゼントなんだと思う》
初めて会った時__13歳のリオが目の前に現れた。屈託のない笑顔をルーナに向ける。
あの時は、ひとりぼっちで心細かった。だから年が近く親しげに接してくれるリオにすぐに懐いた。心のどこかで、どうせ一時的に付き合うだけの『つなぎの相手』だと思っていた。気に入られて、守ってもらって、でもすぐに飽きられて捨てられる。あの父親みたいに。だから......
――こんなに、愛おしくて、愛おしくてしょうがなくなるとは思わなかった。
「ううう......ううううう......」
《悪かったって!》
《リュートなんかより、ルーナの方がずっと大事だし》
いくつもいくつも、リオとの思い出の日々が鮮明に蘇る。
「ううううう......ううううう............」
《特別な相手にはダンスの終わりに、手の甲にキスをするんだ》
《大丈夫、大丈夫だよ、ルーナ》
《ルーナ、お前の銀髪は誰よりも月によく似合うよ》
......ルーナ......ルーナ、ルーナ、ルーナ、ルーナ、ルーナ、ルーナ、ルーナ、ルーナ、ルーナ、ルーナ、ルーナ、ルーナ、ルーナ、ルーナ、ルーナ、ルーナ
......
............
「ううう......ううう......ちくしょう......ちくしょう。ちくしょう。ちくしょう。ちくしょうちくしょうちくしょうちくしょうちくしょうちくしょうちくしょうちくしょうちくしょうちくしょうちくしょうッ」
何度も何度も地面に拳を叩きつける。
「兄貴は......兄貴は、私のものだったのに! 私だけのものだったのに! ちくしょう、ちくしょう、ちくしょうッッ」
何度も何度も地面に拳を叩きつけ、止まる事はなかった。
「ちくしょう、ちくしょう、ちくしょうッ......う......うう......うう......」
次第にルーナは嗚咽をもらし始めた。裸のまま大切な部分を隠すこともなく、隠す素振りも見せず、子供のようにむせび泣いた。
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