67.少女の襲撃(1)
早朝の王都は、まだ夜の余韻が残る中かすかな光が街全体を包み込む。
眠気まなこの金獅子の団の傭兵たちは、この穏やかな朝の光の下で遠征の準備を進める。何頭もの馬と荷馬車が来て、まとめられた荷物が次々と乗せられてゆく。男たちは大きなあくびをする。
「あんたらたるんでるんじゃないわよ」と言うルーナもまた、赤い鎧のかぶとの下であくびをこらえる。
――――タッ、タッ、タッ
そんな時 、1人の小さな足音がやってきた。
少女だ。
少女が一人ルーナ隊に向かって歩いてくる。
黒いショートカットに光の見えない黒い瞳の人間の少女。年は10くらいだろうか? 人形のように可愛らしい顔つきだが、人形のように生気がない。
「なんだ?」
荷物を運んでいた、猫耳と尻尾を持つ獣人アランが少女に気づく。少女はアランと目があっても一切表情を変えない。まるで表情筋がないかのようだ。
角を曲がればルーナ隊の他の傭兵達もいるが、手近には誰もいない。少女はアランに近づいてきた。アランは声をかけようとしたが、瞬間、息をのんだ。
少女の手元がチラリと日の光に反射して光る。それは、小さな包丁だった。
少女は包丁振りかざし、いきなりアランに襲いかかった。
「うわ!」
アランはとっさに避ける。というよりも、後ろに転んだ。
体勢を崩したアランは少女の次の攻撃には対処できない。少女が再び包丁を振り下ろそうとする。
「――――っ」
「アラン殿!」
アランの頭上ギリギリのところで2つの金属が交わる音が鳴り響く。ルーナ隊の一人、異国風の鎧を身に纏ったミニケンタウロスのケンが薙刀で少女の包丁を受け止めた。どうやら、いち早く異変を察知して助けに来てくれたようだ。ケンは薙刀をぐるりと振り、包丁を少女ごと振り払う。少女は地面に強く叩きつけられる。が、痛みなどものともせずすぐに立ち上がる。
「何者でござる! なぜ
「......」
少女は答えない。驚くほど迅速な動きで再び包丁をケンに突きつけた。ケンは素早く受け止める。
――――キンッ、キンッ、キンッ
少女は何度も何度も殺意のこもった攻撃を繰り広げる。ケンは長い年月戦地を渡り歩いた傭兵としてそれなりの技量があるはずだが、反撃するタイミングがつかめない。それだけ 少女の攻撃は素早く、激しかった。その上、動きが独特だった。剣士ならば誰もが習うはずの剣の型を一切知らないかのような動きだ。
――――グサッ
とうとう、少女はケンの左肩を深く突き刺した。
「グウッ......」
「ケンさん! 援護します!」
アランはそう言って懐からナイフを取り出した。
「バカ! やめるでござる!」
ケンは叫んだ。のと同時に、少女はアランに飛びついた。
――ズザッ
血しぶきが飛ぶ。少女の包丁がアランの腹を切り裂いた。
アランは声を立てずに地面に崩れ落ちた。
「アラン殿ッ!」
アランは倒れたまま、どくどくと赤黒い血が腹から流れ出る。
「なんだ! 何が起きた!」
異変に気づいた他の傭兵達もバタバタとやってきた。
「わからないでござる! 此奴が急に襲いかかってきたでござる!」
アランとケンの惨状を目の当たりにし、傭兵達は次々と剣を抜く。
四面楚歌。少女は自分の一回りも二回りも大きい体躯の男たちに剣先を向けられ囲まれる。しかし、この状況でも一切表情を変えることはなかった。彼女の暗い瞳は底のない闇が広がっていた。
その時、闇の瞳が一瞬ギラリと光る。少女の目当てが、来た。
「随分、好き勝手やってくれたようね」
男たちは道を開ける。
赤い鎧__ルーナが現れた。
「ケン! 大丈夫だか!」
後から牛男のデニスが走ってくる。
「
ミニケンタウロスのケンは左肩を抑えながら、倒れたアランの方に目配せをした。
デニスはアランに駆け寄った。
ルーナが鋭い目で少女を睨みつけた。
「あんた誰? 狙いは何?」
「......」
少女は、答えるまもなく包丁をルーナに向けた。
「......あんたら手出すんじゃないわよ」
そう周りの男達に指示するルーナは、剣を構える様子はない。
「――――!!」
少女は一気に駆け、ルーナに勢いよく包丁を突きつけた。ルーナはすっと少女の攻撃をかわす。
その一瞬のうちに、ルーナは理解した。少女はその幼い見た目に反して、素早さが尋常じゃない。彼女に匹敵するレベルの動きを見せた戦士をルーナは知らない。そして一般人にしてはあまりにも、刃物を怖がらなすぎる。まるで死ぬ事を心の底から恐れていないようだ。
少女はルーナに攻撃をかわされて地面に転ぶ。表情は変わらず、痛みで顔を歪ませる事すらなかった。少女は痛みを感じないのだろうか? 少女は再び立ち直る。
厄介な敵だ。ミニケンタウロスのケンはそれなりに場数を踏んできた傭兵だ。あのレベルの戦士が簡単に傷つけられる強さとなると、おそらくルーナ隊の何人かは目の前の少女に
だが、とルーナは目を細めた。
たしかに、ルーナは少女に匹敵する素早さの戦士を見た事がない。だが、それは、ルーナ自身を除けば、だ。
ルーナにしか見えないあの赤い線がいくつもいくつも少女の周りを包み込む。その赤い線の一本一本が少女の急所へと伸びている。ルーナには少女の動きが手に取るようにわかった。スピード型のルーナにそこらの人間が素早さで勝つなどありえないのだ。
少女が再びルーナに飛びかかる。だが、ルーナが先に少女の脇腹を力いっぱいに蹴り飛ばした。少女の体は吹っ飛び、再び、地面に叩き付けられる。
「......ア......が」
今度は衝撃がかなり強かったのか、少女の口から僅かに小さな悲鳴が出た。
「所詮、ただの子供ね」
ルーナは吐き捨てるように言った。
するとその時、少女はアランが落としたナイフを拾い上げた。少女は包丁を左手に右手に アランのナイフを握りしめた。
「なんだ? 双剣術の真似事か?」
傭兵達は完全にルーナの勝利を確信しており、少女の動きにうすら笑いを浮かべる者もいた。
少女は深呼吸をし、2本の刃物を構えた。
一方で、ルーナは思わず目を見張る。
明らかに、少女の気配が変わった。空気が緊張感に包まれるのを感じた。
――――シュッ
少女の動きが、まるで羽のついたかのように倍のスピードでルーナに襲いかかる。少女の表情は依然として変わらない。だがその剣技は鬼気迫るものを感じた。2つの刀身がルーナをの体を襲う。
「チぃッ――――」
寸前、ルーナはロングソードを引き抜いて、少女の攻撃を受け止めた。しかし受け止めた 刃がいつのまにか一つになっており、もう一つの刃が別の方向からルーナに襲いかかる。
「こんのッ」
ルーナはロングソード滑らせて剣の柄でもう1つの刃の攻撃を防いだ。
「ガキのくせに調子のってんじゃ、ねえわよッ」
ルーナは力任せに敵を押し倒す。スピード型のルーナは普段その手は使わないが、目の前の小柄な少女相手には有効だと脊髄反射で判断した。考えた通り少女は後ろに体重が持っていかれる。今度はルーナは上から剣を振り下ろした。少女は受け止めるが、地面に倒れてしまう。それを逃さず、ルーナは少女の首にロングソードの先を突き立てた。
「勝負ありね。ったく、ざけんじゃないわよ、こんなの私じゃなかったら止められなかったわ」
おおっ、と周りの傭兵達が歓声を上げる。
「アラン!」
すると、牛男デニスの心配そうな声と共に、アランが立ち上がる。仲間に寄りかかって出血した腹を抑えていた。
「大丈夫、傷は浅いです」
「あら、あんた生きてたのね」
ルーナはどうでもよさそうな目をしている。
「部下......というか自分の事好いてる男にそれは塩対応すぎません??」
「ふんっ」
落ち込むアランに、「ルーナなりの愛情表現ですよ」と副長のハイエナ男ジョエルがフォローした。
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