68.少女の襲撃(2)

「この野郎、よくも!」


 傭兵の一人が少女を蹴り付ける。すると、またもう一人少女を強く蹴った。蹴られた少女の頭が地面の岩に突き当たり出血する。少女が起き上がれない程に何度も蹴ると、傭兵が少女の腕を後ろ手に拘束する。それを見て、ルーナはやっと剣を鞘に戻した。


「あの、やりすぎじゃありませんか?」


 アランは心配そうに言った。


「あんたねぇ。あの子の殺気は本物だったわ。一歩間違えれば今頃もっと深く刺されて死んでたかもしれないのよ?」


 ルーナは呆れたようにアランの腹部を指差した。


 そこへ、


「どうした! 何があった!」


 バタバタと足音が聞こえてくる。リオやケンタウルスのベンなど他の傭兵達がやってくる。


「その子は?」

「急に私たちに斬りかかってきたのよ」


 ルーナは、拘束された少女に目を向けた。


「で、あんた何で私たちを襲ってきたの」

「......」


 少女はやはり無言を貫いた。


「立場わかってんの? あんた、負けたのよ。子供だから大目に見られると思ってるとしたらそれは大きな勘違いよ。こっちは部下を殺されかけた。もうただでは帰さないわよ。聞かれたこと素直に答えることぐらいはした方が身のためね」

「あれ、その子......」


 その時、ケンタウロスのベンが呆けた顔で口を開いた。


「もしかして、ゲイリーの娘じゃないか?」

「...... なんですって......?」


 ベンの言葉に、傭兵たちは唖然とした。


 ゲイリー。「黒き太陽」と称された元金獅子の団の7大英傑の一人だ。彼は数日前妻を殺して衛兵に捕まった。


「なあお前、ゲイリーの娘パトリシアだろ。前にちょっとだけ顔合わせたの覚えてるか?」

「......知らない」


 少女は初めて口を開いた。その表情と同じく声も淡々としていて感情がない。ベンはがっくりと肩を下ろした。


「ゲイリーの娘っていうのは否定しないの?」

「......」


 少女__パトリシアの無言は肯定を意味した。


「確かにゲイリー、娘いるって言ってたな」

「言われてみれば髪とか目、肌の色、鼻の高さとか、面影を感じるような」


 傭兵たちが口々に言う。


「孤児院に引き取られたって聞いたんだが、抜け出してきたのかお前?」

「な、何で僕らを襲ったんですか?」

「......」


 パトリシアは、立て続けの質問に無言を貫いた。ルーナは深くため息をついた。


「…………赤い鎧がゲイリーを......変えた」


 その時、ふいにパトリシアは言葉を紡いだ。


「......あ?」


 パトリシアの表情は相変わらず生気がないが、少しだけ、本当に少しだけ、瞳に怒りの炎が灯されていた。


「ママが言ってた......ゲイリーは赤い鎧の女と浮気してるって」

「……はあ? どこをどう勘違いしたらそうなんのよ」

「ゲイリー、帰ってくる度、戦の話をした。いつもその話に......赤い鎧がいた」

「......なんですって」


 ルーナは愕然とした。


「赤い鎧は、分かりやすい戦場の伝説だから子供への自慢話にはうってつけの登場人物だったんでしょ」


 ドワーフのヴィクターが言った。


「......」

「だから、お前は赤い鎧を恨み、殺しに来たてことか?」


 ケンタウロスのベンが聞くとパトリシアは顔をそむけた。


「赤い鎧だけじゃない。戦場が......金獅子の団がゲイリーを狂わせた。赤い鎧も、金獅子の団も全部殺せば......そうすれば、ママもゲイリーも帰ってくる」

「んなわけねーでしょ」


 ルーナが冷たく突き放すように言った


「ゲイリーは捕まったし、あんたのママはゲイリーに殺された。ゲイリーが愚かだったからよ。私達は関係ないわ。私達がいようといまいとあいつは最初から最後まで最悪な人間よ。あと、私とゲイリーはそんな関係じゃなかったわ。勘違いしないで」

「......」


 パトリシアは黙り込んだ。相変わらず無表情で何を考えているのかわからない。


「もういいだろう」


 リオが言った。


「子供には酷な話だった。この子には時間が必要だよ。穏やかに過ごす時間がね。......パトリシア、これに懲りたらもう二度と俺たちに近づかない事だ。良いね? ......誰かこの子を孤児院まで連れてってくれないか」


 部下が数人頷き、パトリシアを連れて行こうとする。


「待って」


 ルーナが言った。


「その子は孤児院には帰らないわ。なぜなら、ルーナ隊に入隊するからよ」

「――――っ」


 ルーナの言葉に男達は絶句した。


「その子の実力は本物だわ。なんせ、この私に剣を抜かせたいのだからね」

「……なに?」


 リオは驚いて目を見張った。ルーナの実力を誰よりも知っているのはリオだ。子供がルーナに剣を抜かせるなどありえない。


 ルーナはパトリシアに向き直った。


「その剣技__特にその双剣術。誰かに教わったわけじゃないわよね。太刀筋が滅茶苦茶だったもの。まさかあの育児放棄野郎のゲイリーが剣だけはしっかり教えるなんて、まあ、ありえないわよね。にも関わらず私に剣を抜かせるだけの実力を見せた」

「......」

「間違いない、この子は天才よ。それをみすみす孤児院に戻すなんてもったいない。......パトリシア、あんたにとっても悪い話じゃないわ。あんたがルーナ隊に入れば」


 ルーナは自分の首に片手を当てた


、いくらでも狙えるじゃない」

「......私をなめてるの」

「ええなめてるわ。どんなに近くに居てもあんたみたいなガキに絶対に殺されない自信があるわ。でも、あんたは余裕ぶっこいてる私の隙をついて殺せちゃうかもしれないわね」

「......」

「どうすんの孤児院にもどるの? それとも金獅子の団__ルーナ隊に入るの?」


 この時パトリシアはやっと表情を動かした。その変化はわずかだった。わずかに、怒気を帯びていた。


 そしてその表情は、ルーナの問いに対する『答え』でもあった。


「――決まりね。兄貴も良いでしょ」

「......ルーナ」


 リオは心配そうな目をする。ルーナはリオにしか聞こえない声で、呟くように言った。


「......私だったら、耐えられないと......思ったのよ。親のことを何もかも忘れて孤児院で平穏に暮らすなんて」

「......」


 リオはそれ以上は何も言わなかった。


 ルーナはパトリシアに目を向けた。だが、彼女が見ていたのはパトリシアではなかった。


《……親父……ッ……う……うう……》


 父親を想って涙を流すかつての自分が、彼女の目に映った。

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