65.お姫様の初恋(1)
行賞の儀が行われて数日が経った。
セーラにはまだ昨日の事のように思い出される。
あの金髪の青年__リオが、ずっと頭から離れなかった。
リオが王子であるという話は、行賞の儀にいた貴族達以外には
だが、何度か金獅子の団が上級街に出入りするようになった。貴族達は、他の傭兵団と比べて彼らが明らかに『特別扱い』されていると思うだろう。
あれから、セーラなりに、リオについて探った。といっても、周りの人間に話を聞く程度だ。
セーラは、戦事は苦手だ。血だとか殺しだとか、そういった野蛮な話はあまり耳に入れたいと思わなかった。『金獅子の団』についても今まで名前以上の事は知らなかった。金獅子の団の英雄譚を聞かされた時は、そんな事が現実にあるのかと驚いた。まさに彼らは物語の中の世界のような冒険と戦いを繰り広げているのだ。そしてその先頭に立ち物語を作っているのは、彼だ。
そんな金獅子の団は明日、また長い遠征に出ると聞いた。
胸が張り裂けそうだった。
まだ、彼と言葉を交わした事はない。だが、金獅子の団が上級街に来る度に、よく彼を見に行っていた。遠くから眺めるだけ。しかし、そんな機会すらもなくなるのが、セーラには耐え難かった。
夜中、ふと思い立ち、ネグリジェから外出の格好に着替える。使用人達の目を掻い潜って、屋敷を出た。
夜風がそよそよと吹き抜ける。
彼女は上級街を出て、平民達が住まう中央街へと一人歩いていく。使用人も無しに夜中に長距離を一人歩くなど、本来の大人しい彼女にはあり得ない。父親や周りの大人達に気づかれて後で叱られるかもしれないし、道中危ない目にあうかもしれない。それでも、彼女は黙々と歩き続けた。ある場所を目指していた。
初めて彼と出会った、中央街のあの噴水のある広場。会える保証はない。だが、また彼がいる気がしたのだ。
〜♪ 〜♪
かすかに、静かな弦の音が聞こえた。
また、あの曲だ。悲しくて、切なくて、どこか懐かしい曲。
――『私を泣かせて下さい』。オペラの静かなその曲は、今夜は一段とセーラの心にしみた。
セーラは駆けた。通りを曲がり、目的の場所に目を向ける。
「――――」
青年は、噴水の縁に腰かけていた。
少し長くなった金髪を今日は後ろに縛り、星空を仰ぎながらリュートの弦を優雅にはねた。
〜♪ ......
青年__リオは弦を弾く指を止めた。ゆっくりと振り返る。セーラと目があった。
ドクンッ
セーラは心臓が跳ね返りそうな感覚だった。彼の赤い瞳はどこまでも底知れず、吸い込まれてしまいそうだった。胸が早鐘を打って、苦しい。今すぐここから逃げ出したい。でも、それではあの時と一緒だ。
「今夜はお逃げにならないのですね」
リオはにっこり微笑んだ。
「セーラ・フォン・オルレアン様ですね? オルレアン公爵のご令嬢の」
「――――っ」
青年の予想外の言葉に、セーラは再び心臓が飛び出そうになった。
「な、何故それを......」
「行賞の儀に居られたでしょう? 立ち位置が、王族の方々に連なってオルレアン公爵のお隣に居りましたので、もしや、と」
「覚えてらしたのね......」
セーラはなんとか普通に受け答えができている自分にほっとする。
「金獅子の団団長レオナルドです。どうぞお見知りおきを」
「え、ええ。こちらこそ......」
セーラは返事をして、そして、あれ? となる。
(......『今夜はお逃げにならないのですね』?)
「前に俺を見て、まるで幽霊と出くわしたかのようにお逃げになったでしょう? それはもう印象に残りました」
リオは可笑しそうに笑いを堪える。
「......あっ......な......」
かああとセーラは顔が真っ赤になる。恥ずかしくて死にそうだ。
「そ、それは......大変失礼致しました」
「いえいえ、とんでもないです。ただ、可愛らしいな、と思っただけですよ」
「......っ!」
(か、可愛らしい......!?)
さらっと出たリオのセリフに、セーラは言葉を詰まらせた。
「この曲、お好きですか?」
リオは自身のリュートに再び手を添えた。
〜♪ 〜♪
初めて、直にリオの音色を聴く。
セーラの家では普段から最高級の音楽家達を度々招いては音楽鑑賞をしているが、リュートは初めてだ。だが、リオの腕はおそらくプロに匹敵するレベルであるだろう、と感じた。彼の音色は今まで聴いたどの音色よりも甘く、美しかった。こんなに美しい音色を奏でるその手で、彼は何人もの敵兵を殺してきたのだろうか?
「とても......綺麗な曲だと......思います」
「そうですか」
リオは嬉しそうに微笑んだ。
「レオナルド様は、お好きなのですか?」
質問をした直後に、
(て、好きだから弾いているんじゃないの......! もう、私ったらとんちんかんな質問を......!)
と後悔する。
「......うーん」
しかし、予想に反して、リオは困ったように唸った。
「......好きじゃないのですか? ......何か、特別な思い入れがあるとか?」
「俺の知り合い......というより家族みたいに親しい奴が居まして、その子が好きなんですよ」
リオはどこか懐かしそうに目を細めた。
「そいつ、昔はすごく泣き虫な奴でして、『泣くな』『喚くな』と怒った事があったんです。厳しい世の中を子供だけで生きていくのだから、強くならなきゃダメだって。それからその子は泣かなくなりました。でもその後。旅の道すがら二人で聴いたこの曲を、あいつは好きだって言ったんです」
――――『私を泣かせてください』
「......それ以来ずっと、なんだかこの曲が耳に残ってるんです」
リオは苦笑いを浮かべた。
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