64.手の甲にキス
「っ! あっ!」
セーラ&アーサーのペアがダンスを中断する。アーサーがセーラの足を踏んづけてしまったからだ。
「す、すまん」
「い、いえ、大丈夫よ」
くすくすっ......
どこからか笑いを堪えた声が聞こえる。アーサーはすぐに周りの貴族達を睨みつけた。貴族達は慌てて背を向ける。
「相変わらず愚弟のダンスが下手で申し訳ございません、うふふっ」
すると、第三王子マーティンがやってきた。マーティンは、わざとらしく申し訳なさそうな顔を作る。
「......なっ!」
アーサーはすぐに怒りで真っ赤に顔を染める。
マーティンはぼよよんっというお腹の効果音をたてて、セーラに手を差し出した。
「うふ、セーラ様、次のダンスは是非このマーティンと踊ってはくださいませんか?」
「え、ええと......」
困惑するセーラの前にアーサーが立ち塞ぐ。
「クソデb......お言葉ですが、兄上。セーラ様は私とペアを組んでおりますので他をあたってくださいませんか?」
「うふふっ、さっきから危な気なダンスを大勢の前で披露しておいて、恥の上塗りをする気か? しかも自分で用意した簡単な曲で! これ以上セーラ様に恥をかかせたいのか?」
「貴様......! 言わせておけば......」
「あ、あの......」
口論が激化しそうになる二人の王子の前でセーラはごにょごにょと口を動かす。
「私......少し外の風に当たってきたいです......」
「なら俺が一緒に」
「い、いえ、結構よ。一人になりたいの。ごめんなさい」
口をあんぐりとあけるアーサーとにやにやと笑うマーティン。二人に背を向け、セーラはそそくさと会場を後にした。
*
「――――フィニッシュ」
リオの最後のポーズが華麗にきまる。対して、ルーナは倒れないようになんとか足を踏ん張った。
おおっとベンとヴィクターが拍手をする。
(や、やっと終わった......)
ルーナはげっそりとした。戦場の方が倍動くのに、何故かこの数分間のダンスの方が消耗している気がする。
「動きのキレは良いんだけど、リズム感が致命的にないな。ちゃんと曲聴いてる?」
「う、うるさいわね、聴いてるわよ。リズムとか音楽全般できないの知ってるでしょ」
ルーナは分かりやすくピンとイカ耳になって、噴水の縁に戻ろうとする。
「あ、ちょっと待って」
リオに手を引っ張られた。リオは地に片膝をついて、そして__
「!」
ゆっくりとルーナの手の甲にキスをした。
「あ、兄貴......!」
流石のルーナも動揺して顔が熱くなった。
ザー……
噴水の、水が噴き出る音がやけにはっきりと聞こえる。
長く、キスをした後、リオはゆっくりと唇を離す。
「特別な相手にはダンスの終わりに、手の甲にキスをするんだって。貴族達の古くからの風習さ。こういうちょっとした文化も知っとくと便利だろ?」
「ガハハハ! ま、俺ら荒くれド平民には関係ないだろーがな」
「わかんないよ。ちゃんルナはグレン坊みたいに迫ってくる物好きな貴族がいるかもしれないよ」
「物好きなは余計よ」
グレン坊というのは、6大英傑にして元貴族の青年__『狂戦士のグレン』の事だ。ルーナを妾にしようと企み、事あるごとにリオに対抗心を向ける困った奴である。
「万が一そうなったらちゃんと俺に言えよ」
リオが面倒くさそうにぽりぽりと頬をかく。
「なんでよ」
「なんでって、そりゃあ............」
リオは少し言葉に詰まった。
「......お前ただでさえ誰にでも無礼なんだから、......断るだけならまだしも貴族相手に説教なんてしたら大事だろう? 取り返しのつかなくなる前に身内として俺がフォローしなくちゃ」
「あら? もしかしてアランの事言ってる? てか、その話知ってたの?」
「そりゃまあ」
アランの『新入り、ルーナに告って説教される事件』は、金獅子の団の歴史に名を残す大事件だった。もちろん、団長のリオが知らない訳がなかった。
リオは何故かルーナから顔を背けていて表情が読めない。
「素直になりなよぉ、リオ。何処の馬の骨とも知らねえ野郎にちゃんルナ取られたくないんでしょ?」
「え、まあ、うーん......」
微妙な反応を見せるリオ。
「ちゃんルナのドレス楽しみだねえ」
「……なんだよ、急に」
ヴィクターがずっとニヤニヤする。
いまいちリオの感情がわからなくて、終始ルーナの頭に「?」がついた。
「......」
その時、ルーナ達は気が付いていなかった。彼らの様子を、遠くから一人見守る者がいた。
「......あのお方は......」
ダンスパーティーから抜け出したセーラは、リオを、そして、彼と仲睦まじそうにしているエルフの女性を静かに眺めていた。
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