62.招かれないダンスパーティー(3)
城の大広間にて。
行賞の儀式の時の厳かな雰囲気とは一変して、パーティー会場の華やかな景色に様変わりしていた。貴族達は交流し、歓談している。
オルレアン公爵令嬢セーラは、豪華なドレスに身を包み、ダンスパーティーに参加していた。ドレスは淡いピンクのシルクで繊細に縫われ、胸元と腰には華麗なレースが施されていた。
大貴族オルレアン公爵の一人娘というだけあって、セーラは貴族達の注目を浴びる。内気な彼女は父親であるオルレアン公爵の隣に常に立ち、貴族達と談笑する父親達をただ黙って見上げている。セーラは社交の場ではいつもこんな感じだが、今夜は特に心ここにあらずだった。
鎧姿の美しい青年__リオの事が、ずっと頭から離れない。何故、彼の事をずっと考え続けているのかもわからない。
行賞の儀式で彼の本当の身分が明かされた時、詰る者がいても、最後まで事実を認められなくても、決して動じる事がなかった、あの青年。
でも、彼が誰にも見せない寂しげな表情で、一人静かにあの曲を弾いていたのをセーラは知っている。
(なんだろう......胸が......苦しい)
そんなふうに悶々とするセーラを、遠目で見ている者がいた。片目の潰れた赤髪少年__第四王子アーサーは同い年くらいの取り巻き貴族達に囲まれながら、ギラついた片目で見る。
「相変わらずセーラ様は美しくあられる。今夜も注目の的ですね」
取り巻きの一人が言う。
「ああ。才能も品格もない他の王子達では並び立たない」
アーサーはニヤリと笑った。
「ええ! やはりセーラ様は才能溢れるアーサー様にこそふさわしい女性です」
見ると、他の貴族達に交じって他の王子達もセーラにアプローチしているが、彼女はつまらなそうにしている。その様子を見て、ますますアーサーはニヤニヤと笑う。
「アーサー」
と、アーサーを呼び止める声が聞こえた。そこには一人の人間の貴族女性が立っている。アーサーと同じ赤髪を持ち、それと同じくらい真っ赤なドレスを着ている。
「母上、その赤いドレスよく似合ってます。まるで女神様が目の前に現れたような......」
「よいよい、そういうのは私でなくセーラ様に仰いなさい」
アーサーの母親__二人の現王妃の内の一人、エリザベスが姿を見せた。
アーサーは取り巻き達を下がらせた。
「今夜のパーティーはセーラ様と懇意にする数少ない機会です。オルレアン公爵家は現在無派閥です。それは中立の立場として、後々王位に就いた相手と確実に婚約関係を結ぶためです。ですが、今、公爵は妻を亡くして、これまで以上にセーラ様を可愛がるようになり、セーラ様が好感を抱く相手なら結ばせようと考えているという噂があります。もしそうなれば無派閥の立場を崩す可能性があります。良いですか、アーサー。この好機を逃してはなりません。貴方はセーラ様と幼馴染です。他の王子達に先手をとられる前に、セーラ様のお心を掴みなさい」
エリザベスの息子は第四王子のアーサーだけだ。彼女からしたらなんとしてでも自分の息子を王位に即位させたい。
「分かっております、母上。必ずやあの方を我が物に致します」
アーサーは自信満々に頷く。
母から離れると、セーラの元へ行った。
「やあ、セーラ。久しぶりだな」
「あ、アーサー......」
「今日は一段と輝いている。その淡い桃色のドレス、君によく似合っているよ。まるで女神様を間近に拝見しているようだ」
「ほ、褒めすぎよ......アーサー」
セーラはすぐに顔が真っ赤になる。だが、相変わらず表情が曇っている。
「どうした? 浮かない顔をしているようだが」
「ええ、ちょっと......。なんでもないわ」
「そうか? もしや、久しぶりの大パーティーで緊張しているのか? 君は人と関わるのが苦手だものな」
「......」
「実は今夜、セーラにある物を用意したんだ。きっと気に入るだろう」
「......? ある物って......?」
「ふふっ。ヒントはこの大広間の違和感だ」
「......違和感......?」
セーラは大広間を見渡す。すると、
「あっ。ダンスパーティーなのに、楽器の演奏者がいないわ」
「その通り! 流石はセーラだ。見ろ、あそこ。ウッキーが何か準備しているだろ?」
「ウッキーってリッキーの事?」
「ああ、そうだ。あいつ、狼の獣人のくせに顔が猿にそっくりだろ? だからウッキーだ。なかなか良いネーミングセンスだろ。ひひっ!」
「......」
アーサーが指さす方には、確かに大広間の隅に幅も高さも数メートル程の大きな『何か』に、白いカバーを掛けた物が置いてあった。その横では、アーサーの使用人である黒狼の獣人リッキーが何かごそごそと準備をしている。
「さあ、パーティーの始まりだ」
アーサーは、パンパンと大きく手を叩く。
貴族達が一斉にアーサーを振り返った。
「今宵は皆様に、このアーサーから珍しい物をお見せします。あれを――」
アーサーが指をさし、貴族達は見る。
バサッ
リッキーが白い大きなカバーを勢いよく取り、その中身が露になった。
「――――これは、長さ9m、幅10mもある巨大オルゴールです」
それは、まるで芸術作品のような存在だった。数メートルの大きさもある巨大オルゴールは、ガルカト城に華麗な花々が彫刻された見た目だった。細部には黄金の装飾が施され、幻想的な輝きを放っていた。
「――――おおっ」
貴族達は驚いて声をあげる。
「このオルゴール一台には、バイオリンをはじめ19種類の楽器が組み込まれています。それではまずは余興として一曲お聴きください」
リッキーがオルゴールを操作する。と、
オルゴールの中央上部にあった扉がゆっくりと開き、小さな人形が現れる。彼らは弦楽器をもっており、カルテットの奏者のようだった。
「......まあ!」
セーラは可愛らしい人形の登場に目を丸める。
小さな弦楽器奏者達の前には同サイズの人形が立って、指揮棒を構えた。人形の指揮者が指揮を振り出す。すると__
__ダンッダダダンッ
迫力のある打楽器の音色がオルゴール全体から鳴り響き、続いて優雅な楽器の音色が響いた。
1分の短い曲が終わる。
わっと盛大な拍手喝采が起きた。
「どうだ? セーラ」
「とてもすごいわ......!」
物珍しい巨大オルゴールを見て、セーラの顔に少しだけ笑顔が戻る。アーサーはそれを見て満足げに笑みを浮かべる。
「今宵のダンスパーティーは、このオルゴールの豊かな音色を背景に楽しんでもらいたい」
アーサーの合図と共に、貴族達は皆男女ペアを作って位置につく。
「お手をどうぞ、セーラ」
アーサーはセーラの手を取った。
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