61.招かれないダンスパーティー(2)

 ルーナ達__城周りの警護を任された金獅子の団の傭兵達は上級街の立地を見て回っていた。ダンスパーティーが始まる前に下調べをして、ある程度建物の立地を把握するためだ。


 彼らは、上級街の大きな通りに出た。

 大通りに沿って立つ華やかな邸宅は、どこも装飾されたエントランスと高い屋根、高級そうな彫刻や噴水などを持っていた。まだ夕方だが、街灯が灯り、邸宅や樹木を照らす。


「あ!」


 急にルーナは立ち止まった。大通りの先に、ある物を見た。


 天高くそびえ立つ、塔。


 それは、白くて装飾もなにもない。闇に染まりつつある紅い空を真っ二つに斬るように建っている。


《――ウィリアム様とダークエルフは何年もの間戦い続けました。》


 ルーナの中で遠くおぼろげな記憶が蘇る。昔、どこかのシスターから聞いた絵本のお話だ。


《そして、ついに、決着の時が来ました。ウィリアム様が『開かずの塔』を開けたのです! 塔が開くと、ダークエルフ達は恐怖の叫びをあげ、そして、消えました。ダークエルフは滅んだのです。そうしてまた、ルーデルに平和が訪れました。》


「どったの、ちゃんルナ」

「見てヴィクター、『開かずの塔』よ」

「あーね。よく絵本で読み聞かされるやつ。俺達一般市民は上級街に入れないからいつも遠くから眺めるだけだったもんなぁ。よし、ちょっくら見に行ってみるか?」

「あのなぁ、お前達。私達は観光に来たのではないのだぞ」


 ヘイグが呆れた顔をする。


「今宵のパーティーは『王選び』の第一の試練以降、2ヶ月ぶりに、四人の王子が全員顔を合わせるのだ。気を引き締めて警護せねば」

「ねえ、その『王選び』ってなんなの?」


 ルーナが首を傾げた。


「王になるのは第一王子で良いじゃない? 『王選び』なんてせずにそうはっきり決めてしまえば、今みたいに他の王子達まで頭に乗らないんじゃないの?」


 ルーナの頭に、あの赤髪の小憎たらしい少年__第四王子のアーサーの顔がちらつく。


 すると、ヘイグが『そんな事も知らないのか』と言いたげな顔になる。


「私、生まれてこのかた戦場で生きてるからよくわかんなーい」

「一応言っとくと、ルーナに剣振る事以外教えなかった親バカはリオだかんな」

「うっ......」


 ヴィクターの言葉の矢が、リオを深く突き刺した。


 リオは、ルーナに『王選び』について簡単に説明した。


 曰く、『王選び』とは、王子達に課題を与えて王にふさわしい者を選ぶ儀式である。その課題は、デア大樹から大司祭がお告げを聞くことで得られる。毎回内容が異なり、関係者以外には秘匿とされている。

 お告げは毎日聞きに行っても数ヶ月に一度程度しか与えられない。故に『王選び』はゆっくり進行するのだ。


「なんで、そんなまどろっこしい事やんのよ」

「あれを、開く王が欲しいからだよ」


 リオは『開かずの塔』を指差した。


「800年前にダークエルフを滅ぼした『開かずの塔』。あれを開く力を持った王が現れれば、皆ガルカト王国の言うこと聞くようになるだろ? 長年ガルカト王国を攻め続けてるあの、獣公国でさえもね。何百年も続いた戦争が終わる____仲間達の死体積み上げて追っていた俺たちの夢が、本当に実現されるんだよ。『選ばれし王』の一声でね」

「......。でも、結局『開かずの塔』の力なんて絵本の中のお話でしょ? 塔を開いただけでダークエルフを滅ぼすだなんてどんな原理って話よ」

「いいや、『開かずの塔』の力は本物だよ。と、少なくとも俺は思ってる。歴史書に残ってるし、何人かの高齢エルフが、ダークエルフが消えるのをその目で見たって言ってるらしい。でも、どのみちあるかどうかはわからなくても皆従うだろ? 次の瞬間には消されてしまうかもしれないんだから」

「ふーん、そんなに上手くいいなりにできるもんかしら......。でも、結局それを開く力を持った王様は現れてないのよね。その『王選び』ってやつ、意味あんのかしら?」

「さあね。でも、貴族のお偉いさんは『王選び』を続けていればいつかは『選ばれし王』が出現すると信じてる。だから『王選び』をやるんだよ」


 それからしばらくは雑談しながらも、ルーナ達は警護のルートをあらかた見回り終えた。


「それにしても、リオも本物の王子だってのに、数ヶ月ぶりの王子達の集まりに招かれないとか、つくづく不遇だよなあ。なんたって急に警護をする話になったんだ?」


 ケンタウロスのベンが退屈そうに下半身の尻尾をゆらゆら揺らしながら言った。


 「てっきりリオが酒奢ってくれるんかとおもってたのに......」「俺ははっきり奢るって言ったの聞いたぞ」とぼやく他の傭兵達に「悪かったって!」とリオが笑いながら謝る。


 ベンの疑問には、ヘイグが答えた。


「貴族達の思惑があった、というのが回答だ。今回、リオが王子だと明確に認められたわけじゃないし、これからもどうなるかわからない。でも、もし、今後認められたとあれば、事は大きくなる。四人の王子に匹敵する第5の勢力になりかねないからな。無派閥の者、もう既にいずれかの王子の派閥に属する者__様々な貴族達が今のうちにリオに唾をつけておきたいのだ」

「でも、たかが城を警護するだけだろ?」

「城の警護でもなんでも、貴族達はとにかくリオが城に関係する機会を作りたいんだろう。そうやって小さな種を蒔いてみて様子を見るんだ」

「へえ、そういうもんかぁ? まあ、俺らとしても、少しでもリオが王子になる可能性があるんなら嬉しいけどさ」

「団としても益はあるぞ。普通なら近衛兵がやるような大任を傭兵団が任されるのだ。それだけで、市民達は『王室は金獅子の団を他の傭兵団とは別格として扱っている』と思うだろう。金獅子の団の名声はますます高くなる」

「ん? ちょっと待って」


 ルーナは訝しげに首を傾げる。


「その口ぶりだと王子それぞれの派閥があるっぽいけど......」

「ああ、そうだ」

「内容は知らないけど、『王選び』で公正に王様が決まるんでしょ? 貴族達が派閥とか作る必要ある? だって、極端な話、『王選び』で勝ち抜いちゃえば、誰も望んでない王子が王になったって文句言えないんでしょ?」

「ああそうだな。派閥は『王選び』には影響しないだろう。だが、『王選び』がもし無効になったらどうだろうか? 王子の誰かが『王選び』を放棄して武力で他の勢力を黙らせて王になろうとする者が現れるかもしれない。もしくは、『王選び』なんてさもなかったかのように派閥の貴族達に新王を無視させるかもしれない。実際にそれを企む者がいるかはわからんが、少なくとも互いに牽制しあえるだけの「力」が王子達には必要って事だ。今までの『王選び』はなんとかなった、でも今回はわからない。これはそういう睨み合いなんだよ」

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