59.リオの出自
新生ガルカト王国国王には、二人の王妃がいた。
しかし、王は王妃達を心から愛する事はできなかった。王妃達は王を王としてしか見ない。王は一人の人間として愛されたかった。
ある時、王は一人の女性と出会った。彼女は城のメイドだった。メイドは心優しく誠実で野心がなく、王の事を誰よりも理解してくれた。王は彼女を心の底から愛し、妾にした。
程なくして、妾は子を身籠った。王は大変喜んだ。しかし、周りは妾と妾の子の存在を許さなかった。
当時の王室は、多くの貴族達の野心によって荒れに荒れていた。二人の王妃は別の二人に代わり、6人いた王子達は3人に減っていた。皆、表向きは病や事故とされているが、事実は闇の中にある。そんな中で、妾が子を身籠ったとあっては、当然王室は穏やかではなかった。
妾は、安全に子を産めるように、一人の信頼できる使用人を連れて上級街を去った。
そして、霜刃の節、24日の夜。下町の小さな家で、子供は産まれた。
しかし、子供を産んですぐに妾は死んだ。出産を手伝い妾の死を看取ったのは一人の使用人だけだった。
使用人は王室の惨状を知っていたので、母も後ろ盾もいない妾の子を王室に返すのは可哀想だと感じた。
使用人は妾の子を死んだことにして、下町で育てる事にした。
――――
「――――以来、私の母は......いえ、母代わりになってくれた人は私を我が子のように育ててくれました。しかし、まだ幼い内にその人も亡くなり、私は盗みをしてなんとか食い繋いでいました」
「なんと下劣な......」
第四王子アーサーが憎々しげに口を挟む。が、リオは涼しい顔で続けた。
「生きるためには仕方のない事でした。しかし、そんな生活も続かず、ある日私は肉屋の店主に捕まってしまいました。意識がなくなるまで殴り続けられ、気がついたら、子供兵として戦場に連れられていました。私は数年、強制的に敵兵と戦わされました。子供兵の部隊は大人の兵士より当然弱く、しかも戦場の最前線で戦わされるため、常に死と隣り合わせでした。ある時、十数年前のタリク陥落の折、死体に紛れて逃亡しました。その後は、傭兵として今日まで生きてきました」
しんっ......と、大広間は静まり返った。リオの身の上話が終わった。貴族も王族もルーナ達も、皆呼吸をするのも忘れて彼の話を聞き入っていた。
「......一応確認だが、」
貴族の一人がおそるおそる言った。
「そなたの母上......実の母上の名は?」
「マリアです。マリア・ラ・アルゴール。没落貴族アルゴール家の次女です」
「で、では、そなたを育てた使用人は?」
「メアリー・マッコーエンです」
リオの回答に慎重に頷くと、貴族は王に向き直った。
「陛下、マリア様のお名前はさることながら、王子様がお産まれになった日にち、使用人の名前まで一致しています。マリア様のご遺体を引き取った神父から直接話を伺ったのを、私は覚えております」
「――じゃ、じゃあ、レオナルド様は本物の王子様なのですか!?」
急に大声を張り上げたのは、セーラだった。彼女からしたら、将来の自分の夫候補にリオが加わるかもしれないので只事ではない。
普段内気な彼女が予想外のタイミングで叫んだので、皆驚いて彼女を凝視する。
「......。......す、すみません、出過ぎた事を......」
セーラは頭を下げて、引っ込んだ。
「うふっまさかとは思うが......」
次に口を開いたのは、第三王子マーティンだ。
「うふっ、関係者の名前と誕生日を言い当てただけで、その下劣な平民を王子だと認める訳ではあるまいな? うふふっ、その神父や使用人みたいに、誰かしらはこの話を知ってるのだ。話を聞いた全く関係ない者が王子を騙っている可能性は十分にある」
「ちょっと待て!」
第四王子のアーサーが横槍を入れた。
「仮にあいつの話が本当だったとして、下品な妾の息子を王子として認めるのか!? 冗談じゃない!」
しかし、マーティンは無視して話を続けた。
「うふふっお前、自分が王子だという証拠でもあるのか?」
「証拠はありません」
リオはあっさりと言った。
「わかっております。証拠がなければ、王子だなんて認められる訳がない。だから、私は一生身分をあかす気はありませんでした。私は......父上の傍にいるだけで良かったのです。こうして傭兵団を立ち上げ、父上の......国のお支えができればそれで......」
「ああ......ああ......!」
王はわっと涙を流しながら、両手でリオの顔を掴んだ。
「名乗らなくても、一眼見ただけでわかる! この子はマリアの子じゃ! その赤い瞳、よく見せておくれ。......ああ、マリアの目だ。お前はマリアによく似ている。ああ......わしのマリア......わしのレオナルド......」
「......」
「レオナルドという名は、産まれる前にマリアが考えていた名じゃ。その名で生きているというのなら、やはりマリアの子じゃ!」
「......レオナルドなんて名前いくらでもいるだろう」
アーサーがぶつぶつと唸るように言った。
貴族の一人が首を傾げた。
「産まれる前から男の名をつけていたのですか......?」
「マリアの子じゃぞ! 男に決まっておろう! とにかく、レオナルドは絶対にわしの息子じゃ! 愛しいマリアとわしの大事な息子じゃ!」
王は泣きながら、リオの両肩を掴んだ。
「よくぞ......よくぞ、今日まで生き延びてくれた......!」
――ようやく今日この日、相見える事ができたリオと王。
「......」
ずっと静観していたルーナは、何か眩しい物を見つめるように目を細めた。
「ボケ老人め......緑病が更に酷くなったな......」
アーサーは小さく呟く。
緑病とは、王が患っている病気の事だ。文字通り、肌が緑色に染まる。初期症状は頭痛や吐き気めまいなど風邪と変わらないが、進行すると、肌の緑色に染まった部分の激痛、記憶障害、痴呆症、更には臓器停止につながる不治の病だ。
王が緑病である事は周知の事実だ。故に、この場の殆どの貴族達は王の言葉を信じる事はできなかった。
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