56.第4王子のアーサー(3)
「殿下、お下がり下さい。此奴は私が相手しますぅ」
アーサーの前でデレクが剣を抜いた。彼の佇まいは自身に溢れていて、先ほどの兵士達よりもどこか力強い気迫が漲っている。
「此奴には先のトロール戦での借りがありますぅ。私達黒狼隊の手柄を金獅子の団に横取りされました! 一度痛い目に合わせてやりたいと思っていた所ですぅ」
「あん? あの時はあんたらが勝手にトロールに負けたんじゃない」
「うるさい!」
すると、アーサーは満足そうな笑みを浮かべた。自分側の勝利を確信したような顔だ。
「おい、エルフ女。負けを認めるなら今のうちだぞ。なんせ、デレクは、あの有名なエクルストン校を主席で卒業した獣人だ」
「エク......校......?」
聞き覚えのない単語に困惑するルーナをデレクは大口をあげて嘲笑う。
「知らないですかぁ? あなたは下民の中でも最悪の部類ですねえ! 無知もここまで来ると哀れなものです! エクルストン校はですね、由緒正しい家柄だけでなく知性、剣術共に秀才でなければ通う事のできない超難関校なのですぅ! そこの主席で卒業した私はそこらの兵士や騎士とは比べものになりませんよぅ! それでは、改めて__」
デレクはルーナに向けて剣を構えた。
「聖狼騎士団黒狼隊隊長デレク・フォン・アヴェーヌ! いざ、尋常に勝――――」
――ドカッ
ルーナは容赦無くデレクの頭を上から蹴り落とす。デレクは地面に頭を打ち、簡単に気絶してしまった。
「え? 何こいつ、ゴミすぎない?」
「貴様......ッ! 貴族が名乗っている最中に攻撃するなんて卑怯だ! 恥知らずにも程があるだろう!」
「知らんわよ。なんで、喧嘩なのに、いちいち待たなきゃなんないのよ」
「......ロバ女め」
気づけば、他の兵士達は皆気絶し、デレクも倒れていた。残るは、アーサーのみとなった。
「貴様、自分が何をしているのか分かってるのか? この国の王子に楯突いているんだぞ!」
「御託はいいから、あんたもかかってきなさいよ。もう他の奴は倒れちゃったんだからさ。それにあんたも、大層なもん持ってんじゃない。男ならそれでスカッとやろうと思わない訳?」
ルーナはアーサーの腰に下げた剣を指差した。金の装飾が施された鞘に収められた、古びたロングソードだ。ルーナは長年の戦の勘からか、なんとなくそれが一級品なのではと思った。
「......これは......。......。お、王子であるこの俺が一般市民と対等に勝負するなど、あ、あってはならない事だ!」
「......アホくさ」
「い、いいか、今日はこの後大事な用事があるから、一旦は見逃してやる! だが、今度は必ず配下を引き連れてお前を捕まえ、吊るし首にしてやる! 後から後悔しても、もう遅いからな!」
アーサーは、デレクを放置して自分だけ急いで馬車に乗った。
「好きにすれば? ああでもその時には、皆にばれちゃうわね。女一人に尻尾巻いて逃げましたって」
「......チィッ」
馬車はさっさと去っていった。
馬車がいなくなると、人だかりは自然になくなっていく。獣人の父親は倒れている娘を急いで抱き抱えた。
「大丈夫か?」
「う......ううっ......」
獣人少女は腕や腹など複数箇所で血が体毛に滲んでいた。ルーナはスカートのポケットにあった小袋を取り出した。
「ちょっとい?」
小袋の口を開けて中身を少女の体に振りまく。それはキラキラと光る砂のような見た目だった。
「傷薬よ」
「傷薬ってこれ......妖精の粉なのでは? ......かなり貴重な物なのでしょう?」
獣人父親は妖精の粉の煌きに息をのむ。
妖精の粉には不思議な力がある。トロール戦の時には、妖精の粉に包まれたリオが空を飛んだが、他にも治癒の力もある。
「痛く、なくなった......!」
獣人少女はすっかり泣き止んで立ち上がった。
「あんたも」
ルーナは獣人の父親にも同じように妖精の粉をふりかける。惜しみなく妖精の粉を使い果たした。
「あの......」
獣人の父親が小声でルーナに話しかけた。
「あ、ありがとうございます。あなたがあの有名な金獅子の団の傭兵さんだったなんて。でも......良かったのですか?」
「あん? 何がよ」
「あのお方......アーサー様はこの国の第四王子です。そんな方に楯ついてしまうなんて」
獣人父は心配そうに聞いた。
「んー大丈夫じゃない?」
「そ、そんな適当な……。私達のせいで金獅子の団さんに何かあったら……」
「あんたらのせいじゃないわ。私が勝手にやった事よ。後で団に何かいちゃもん付けられても全部私の責任って事にするわ」
ルーナは内容の割に軽い調子で言ってのける。
「あーでも、そうね……すっかりあいつのヘイトが私に向いてたけど、万が一あんたらが後で何かされたら、金獅子の団の『赤い鎧』に助けを求めて」
「……え? 『赤い鎧』様ってあの有名な?」
「そうそう」
「え、でも」
「そんじゃ、私もこの後用事あるからもう行くわ」
いまいち要領を得ない獣人の父親に背を向けてルーナは立ち上がる。「嬢ちゃん、あんま、でけえ声でいえねえけど、見ててスカッとしたぜ」「金獅子の団の傭兵さんって下っ端でもこんな強いんだな」「あたしは金獅子の団をずっと応援してるよ」と声をかけられながら、ルーナはその場を後にした。
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