55.第4王子のアーサー(2)
「その辺にしとけば? お坊ちゃん」
鞭の先を握りしめ、冷めた赤い瞳でルーナは少年アーサーを見下ろす。
「......なっ」
アーサーは唖然とした。
「貴様......平民の......しかもたかがエルフの分際でこの俺を止めたのか......」
「だって見るに耐えないもん」
アーサーは怒りでわなわなと体を震わせた。
ルーナは、今日リオと共に上級街に行く予定だが、今は一人で町娘の格好をしていた。アーサーから見れば、ただの平民の女性が太々しく間に入ってきたように見えるだろう。
「!! ......き、貴様は......!」
「? デレク、知った顔なのか?」
デレクはルーナを見るなり、顔を真っ青にした。
聖地ヴゴの森トロール戦の折には、戦前にデレク達黒狼隊は散々金獅子の団をコケにしておいて、トロール相手に惨敗したのだ。どうやら彼にとってあの戦いはトラウマになっているようだ。
「こ、こいつは、金獅子の団の......」
「なに? 『金獅子の団』だと?」
アーサーは怪訝そうにルーナをじっくり見る。だが、やがてフッと嘲笑した。
「最近よく名前を聞くからどのような兵団かと思っていたが......どうやら噂程の団でもなさそうだな。女まで雇うなんて、余程人員に困っているのだろう」
「い、いえ、こいつはただの女じゃありません。『赤いよ......」
「あーら、また会ったわね、黒狼隊隊長殿」
ルーナは薄ら笑いを浮かべて、デレクを見た。
「生憎と雑魚の名前は覚えない主義だけど、顔はよく覚えてるわ。私の小さなお友達と随分楽しくやってたらしいじゃないの」
「――――っ」
デレクは顔をますます青くした。
『小さなお友達』というのは妖精の事だ。ルーナは妖精と友達と呼ぶ程馴れ合っている訳ではないが、デレクから見れば妖精達と同じ顔のハーフエルフのルーナは仲間に見えるだろう。
黒狼隊は妖精達に野営地を荒らされた苦い思い出がある。もはや、同じ顔のルーナすら見たくないはずだ。
「あの子達、私の言う事よく聞いてくれるから、あんまり私を怒らせると次はもっと酷い目にあうわよ」
「......」
嘘だ。妖精はいたずら好きの子供のように自由気ままで誰の命令にも従わない。が、ルーナの言葉はデレクを震え上がらせるのに十分だった。
「さっきから聞いていれば、貴族相手に随分と好き勝手言ってくれるじゃないか」
アーサーが口を挟んだ。
「お前達はただ少し戦で活躍して、市民から英雄のように讃えられているだけなのだろう? にも関わらず、今の言動を聞く限り、少々頭に乗りすぎているようだな。確か金獅子の団団長も『ルーデルを統一する』なんて頭のわいた理想をほざいてるとか。平民の寄せ集めの分際で、貴様らは騎士団にでもなったつもりか?」
「あ? 何? 平民は夢を掲げちゃだめって言いたいの?」
「ああ、そうだ。平民が夢を持つのを禁ずる法律がある訳じゃない。だが、責任ある立場として貴様らに忠告しておきたい。――所詮は道具なんだよ、お前達は。俺達貴族に使われる道具だ。どんなに市民から厚い支持を受けようとも結局は、貴族の道具として、貴族の考えに従って剣を振る事になる。『身分』というのは絶対に越えられない壁なのだ」
「ハッ......つくづくむかつくガキねぇ。王子だか、騎士団長だか知らないけど、そうやって肩書きにこだわってばかりなのは、あんた自身が空っぽだからなんじゃないの」
「貴様......この俺が親切に忠告してやったのにも関わらず、まだそのような口を聞くか! はあ......もう良い。『金獅子の団』の者だというから多少堪えて理性的な会話をしてやったが、やはりただの能無し下民だったようだな」
アーサーはルーナ達の様子を見ていた人だかりに目を向けた。中には数人の兵士がいた。街を巡回する衛兵だ。アーサーは彼らに大声で命令した。
「おい、貴様ら何をぼーと立っている! 早くこいつを不敬罪で捕えよ!」
「はっ」
兵士達は慌てて動き出す。
「ま、待って下さい! こいつは『赤いよろ......」
デレクはまた何かを言いかけたが、しかし、最後まで言う前に、事態は動いた。
兵士達はルーナを取り囲む。そして、ルーナに剣を向ける__
__よりも、ルーナの動きの方がはるかに速かった。ルーナは跳躍し、兵士の一人の顔面に膝蹴りをお見舞いする。慌てて他の兵士がルーナに剣を突き出すと、ルーナは敏捷な動きでそれをかわした。腕をひねって手首に手刀を当てると兵士は簡単に剣を落としてしまった。
「......なっ! 貴様......! 抵抗するのか!」
「逆になんで私が無抵抗で捕まると思ってんのよ」
「第四王子であるこの俺が指示してお前を捕まえようとしているんだぞ! 俺に逆らう事はすなわち国に逆らう事と同義......これは重要な国家反逆罪だ!」
「はあ......そういうの良いから。私を捕まえたかったら力づくでどうにかしてみなさい」
ルーナの態度にすっかりアーサーは怒り心頭だった。
「教養もクソもないロバ耳女め、自分が何をやっているのかわかっていないようだな。......もういい。お前ら、命令だ! 女を殺してしまっても構わない! 絶対に逃すな!」
怒れるアーサーに呼応して兵士の攻撃もいよいよ容赦がなくなる。
だが、ルーナは、次も、その次も、襲い来る兵士達を平然と受け流す。
ルーナは剣を持ってこそ最強の『赤い鎧』として讃えられてきたが、武器を使わない柔術にも多少心得があった。それは、ここ数年で仲間に付け焼き刃程度に教わった物である。だが、目の前の20人近くもいる兵士達はかなり弱い。武器なしのルーナで十分だった。
「相手が弱くて助かったわ。これだけ弱ければ傷つけずに気絶させられるもの」
「この......なめやがって......」
「殿下、お下がり下さい。此奴は私が相手しますぅ」
アーサーの前でデレクが剣を抜いた。
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