54.第4王子のアーサー(1)

 次の日の朝。


 王都ロモントはいつも通りに活気づいていた。

 石畳を歩く人々は、人間もいれば、尻尾や耳のある者、背の低い者など、様々な種族が行き交っている。市場では新鮮な果物や香り高いスパイスが並び、商人達が声高に自分たちの商品を売り込んでいる。


 その中で、獣人の少女が、ぶんぶんと大きな尻尾を振って上機嫌に歩いていた。少女は犬の様相をしていて、頭から足先まで茶色の毛に覆われたかなり獣度の高い獣人だった。


 少女は人混みの中である一人を見つけると、ぱっと顔を輝かせた。


「ぱぱ!」


 少女の声に、少女と同じく茶色の毛で全身が覆われた犬型の獣人が振り向く。どうやら、彼は少女の父親のようだった。少女は父の元へ走る。


「――――あっ」


 獣人の父親が短く叫ぶ。と同時に、


 ――――ヒヒーンッ


 複数の馬の嘶き声が響く。


 少女の目の前で馬が止まる。馬は、馬車を引いていた。屋根付きのその馬車は、カーテンが閉まっていて中が見えない。豪華な装飾が施されていて、見るからに高級そうだった。


 また、馬車の隣には、獣人の貴族が黒い大きな馬に乗って並走しており、馬車の停止と共に止まる。黒い髪に立ち耳が生えた、狼型の獣人__ルーナ達を『動物園の団』と馬鹿にしたあの、黒狼隊隊長デレク・フォン・アヴェーヌだった。


 デレクはギラついた目で少女を見下ろし叫んだ。


「......なんと無礼な! こちらをどなたの馬車だと思っているのですか!」

「む、娘が、申し訳ございません!」


 獣人少女の父親は、地に額をつけて土下座をした。父親は少女を促して、少女も地面に両手をつけた。


 街の住民達が、何事かと人だかりを作る。


「この子はまだ幼く、注意が散漫しておりました! 今後はもう二度とこのような事が起きないよう後で言って聞かせます! ので、すみません、どうかお許しを......!」

「......そのような言い訳で許されると思っているのですかぁ?」

「も、申し訳ございません!」


 ――バンッ


 馬車の扉が勢いよく開いた。中から足が伸びている。馬車に乗っていたその人物は扉を蹴破って、顔を出す。


 15、6歳くらいだろうか。高級な貴族服に身を包んだ人間の少年だった。

 燃えるような赤い髪は長く、綺麗に切りそろえられ整っている。しかし、前髪は不自然に斜めに切られ、左目が前髪で覆い隠されている。一方露になった方の右目は碧い瞳で目尻が垂れ下がっている。


 突然の少年の登場に獣人の父親は少しだけ呆気に取られる。だが、すぐにデレクが青筋立てて叫んだ。


「無礼者! 頭を下げなさい! この御方は、狼聖騎士団団長にして、この国の第4王子__アーサー殿下なのですよ!」

「――――」


 獣人父親は言葉を失った。


 その代わり、少年が口を開いた。

 

「頭、ぶつけた」

「......え?」


 少年の言葉に、一瞬獣人の父は呆然とする。


「頭をぶつけたと言っているんだ! このうすのろが!」


 少年は唾を飛ばして怒鳴り、獣人の父親の頭を踏みつけた。


「――――っ」

「この俺の馬車を止めるなんて良いご身分じゃないか! なあ、おい? どういう教育したらこんな無礼なガキが育つっていうんだ!」

「い、いえ、ですから、この子は注意が散漫していただけで、わざとでは......」


 ――ガッ


 アーサーは再び獣人父を踏みつける。


「この獣風情が、口答えするな!」


 ――ガッ


「獣達は代々、王家の人間には敬意を持たなくても良いと教わっているのか?」


 ――ガッ


「国への忠誠もくそもないって? 国を守る王に感謝も尊敬もないのか?」


 ――ガッ


 アーサーは何度も何度も彼を踏みつけた。


「......い、いえ、日々......国王陛下並びに王家への偉大さを娘に......教育しています」


 ――ガッッッッッ!


「だったら、なんでさっきみたいな事が起きるんだ!」


 アーサーは一段と強く踏みつけた。獣人父の頭から血が滴る。


「――す......みまぜん......ずみませんでした」

「ひいっ......ぱ、......ぱぱ......」


 獣人の少女は顔を青ざめ、体を震わせた。遠巻きで様子を伺っている住民達がどよめく。

 アーサーは獣人父の顎を強く掴み持ち上げる。


「この頭の中に脳みそ入っているのか?」


 片方の手で彼の頭を叩いた。


「これだけ獣度が高いんだものなあ。そう入ってないのか? なあ、『動物族』?」

「へ、へへ......私達は見ての通り、獣度が高い......ので、どうかこのへんで勘弁し......」

「何笑ってるんだ!」


 アーサーは獣人父の頭を地面に叩きつけた。


「おい、デレク」


 アーサーは後ろで控えていたデレクの名を呼んだ。 


「こいつらは、俺の頭を痛めた挙句、俺の貴重な時間を潰した。よって、罰として、その子供を娼館なり奴隷商人なり売りとばすのはどうだ?」


 デレクが答えるより前に、獣人の父親が声を震わせて叫んだ。


「そ、そんな......あんまりです! この子はまだ幼いんですよ......? それに、馬車を......ほんの少し止めてしまっただけではありませんか......」

「黙れよカス。お前に意見なんか求めていない。馬鹿に育った獣に、よりふさわしい場所を提供しようとしている俺の心遣いがわからないのか? お前は今の子には縁がなかったと思ってまた新しいのを作れば良いじゃないか」

「......よ、よくも......そんな......恐ろしい事を平然と......」


 と、その時――――


「うわああああああん!」


 とうとう、獣人少女が我慢できなくなり、大口を開けて泣き出した。


「うわあああああん! うわあああああん!」

「貴様、うるさいぞ!」


 アーサーは腰に下げたを取り出した。


 ――――バチンッ


「――――っ!」


 アーサーは一切の躊躇もなく獣人少女の体を鞭で叩く。たった一振りでも、少女の腕が服ごとざっくりと斬れ、反動で体が地面に倒れる。少女は腕から血を流し、悲痛な叫び声をあげた。


「この子供には一度ここで体に教え込まないといけないようだな」


 アーサーは再び鞭を握り、さらに二度、三度と鞭を叩きつける。


「......っ......ア......ああッ」

「やめ、やめて下さい......私はどうなっても構いません......ですから......どうか......どうかこの子だけは......」

「黙れと言っているのがまだわからないのか!」


 ――――パシッ


 その時、鞭が止まった。


 鞭を止めたのは、獣人の父親でも、アーサーでもない。


「その辺にしとけば? お坊ちゃん」


 鞭の先が、女の細腕によって止められていた。


 女は、人間にしては長くエルフにしては短い尖った耳に、赤い瞳のハーフエルフ__ルーナだった。

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