53.愛するお姫様

 王子様は、とても長い間旅を続けました。妖精の国には一向に辿りつきません。


 けれども、旅は辛い事ばかりではありません。沢山の仲間達との出会いがありました。王子様は皆が大好きで、皆は王子様の事が大好きになりました。


 ある時、王子様は美しいお姫様に出会いました。王子様とお姫様は永遠の愛を誓いました。


 でも、妖精と王子様はまだ旅の続きです。二人の旅にお姫様はついていく事になりました。



 よく星の見える夜だった。


 女性が王都の暗い夜道で何事か必死で探し歩いていた。女性は人間で、上質なマントを羽織っていて姿がわからない。昼間は活気のある王都の中央街ももうすっかり人の気配がない。


「せ、せ〜ら様......」


 女性はか細く声をあげた。探し相手に聞こえるように大声を出すべきか、はたまた近所迷惑なので小声になるべきかどっちつかずの声量で主人の名前を口に出す。


「セーラ様......。『お母様に会いにいくだけ』っておっしゃってたのに......まったくもう、どこへ行ってしまわれたの......。あああ、帰ったらこっぴどく叱られてしまう......」


 女性が必死に何者かを探している一方、その相手は、少し離れた広場を歩いていた。


 彼女__セーラと呼ばれた少女はよく晴れ渡った美しい星々を見上げた。

 セーラもやはり上質なマントに身を包んだ人間である。カールがかった茶色の巻き毛と白い肌にそばかすのある可愛らしい容姿の少女だった。


 セーラは、本来上級街にいるべき、高貴な身分だった。彼女は、ガルカト王国を代表する大貴族オルレアン公爵家の令嬢だった。


 彼女は憂いの表情で夜の街を彷徨うようにフラフラと歩いていた。


「......結婚......か」


 セーラはぽつりと呟いた。彼女の最近の悩み事は、専らその事だった。


(まだ、お母様が亡くなって一年も経っていないのに......私こんな気持ちのまま妃になれるのかしら)


 セーラは小さくため息をついた。


 セーラの母親は一年程前に病で亡くなっている。

 彼女は悲嘆に暮れる暇も与えられなかった。現王の病状が悪化すると共に、早急に『王選び』の準備が始まったのである。


 セーラは幼い頃から王の妃になるために教育を施されていた。彼女は4人の王子の内、王になった男と結婚する事になっているのである。


「......」


 正直、彼女からしたら、母親を亡くした気持ちがまだ癒えていないのに、結婚について考える余裕がなかった。


 そのストレスが積もりに積もって、メイドを一人連れて屋敷を抜け出してきたのである。こんな大胆な事は、普段の大人しい彼女には有り得ない事だった。それだけ、今の彼女の心は乱れている。


 母親は王都の中央街にある大きな教会、ゴーヌ教会の床下で眠っている。ほんの少しの間だけ、母親に祈りを捧げに行くだけのつもりだった。だが、祈った後もなかなか屋敷に帰る気にはなれずこうしてあてどなく街を彷徨っていた。


 ――4人の王子の内、誰となら結婚できるだろう。


 ふと、セーラは考えた。正直言って、セーラからしたら4人の内3人はあまり好きになれなかった。何かと上から物を言う、典型的な貴族。傲慢で、自分の身分や持っている物を延々と語り続ける、話のつまらない人達だった。


 それでは、最後の一人はどうかと言うと、


「......」


 セーラはますます表情が暗くなった。


 王子達の内、最年少15歳の少年__アーサー。


 17のセーラとは年齢が近く、幼い頃は仲良くしていた。赤髪に、碧眼の端正な顔立ちの少年。だけど、幼い頃にかかった疱瘡のせいで左目に瘢痕が残り、そのせいで、周りの貴族達に後ろ指を指されていた。でも、だからこそ、内気で友達のいなかったセーラと馬があい、昔は仲良くしていたのだ。


(でも......最近のアーサー......、なんだか怖い......)


 近頃のアーサーは、『王選び』を意識してか、他の王子達と同じように周りに対して傲慢な態度をとるようになっていた。セーラは自然とアーサーとも距離をおくようになっていった。


「......」


 セーラは再びため息をついた。


 〜♪ 〜♪


「......?」


 ふと、どこからか弦の音色が聞こえてきた。その音色は悲しく、そして、どこか懐かしくセーラの心が大きく震えた。


(......あっちかしら......?)


 セーラは音のする方へと歩いていく。道の角を曲がり、立ち並んだ建物の先を見やる。


 そこは中央に噴水のある広場になっていた。弦の音色の主は噴水の縁に座っていた。


 〜♪ 〜♪


 さっきよりもはっきりと音色が聞こえた。


「......!」


 セーラはハッとなって気づいた。

 昔__まだ母親が元気だった頃、家族でオペラを見に行った事があった。その時、ある一場面で、女性が美しいソプラノ声で歌っていた曲だ。たしか、その女性は劇中で牢屋に入れられて、自由を奪われて、泣きながら歌っていた。


 曲も、オペラも、タイトルを思い出せない。

 でも、あの時の、懐かしく幸せだった頃の思い出は確かにセーラの中に残っていた。


「......」


 気づけば、ポロポロとセーラの頬に涙が伝っていた。


 ――悲しい。でも、温かい曲。


 セーラはよく目をこらして、夜の闇に紛れたその人物の姿を見る。


「!!」


 セーラは目を大きく広げた。

 

 金髪に、赤い瞳の青年だった。

 

 彼の姿を見た瞬間、セーラは物語の中にいる感覚に襲われた。


 巨人と戦い金銀財宝を手にする冒険者。

 姫を助けドラゴンを倒す騎士。

 世界中の人々を救う勇者。

 あるいは、妖精と共に永遠の旅を続ける孤独な王子。


 なんでもいい。とにかく、彼は確かに御伽話の主人公だ。

 そう思わせるくらい、美しい顔立ちの青年だった。


 青年はリュートの弦を弾く手を止めた。


「......?」


 青年はセーラに気づき、そして、目があった。


「!! ......あ......」


 セーラは途端に心臓が跳ね上がり、顔が熱くなった。恥ずかしくて、居ても立ってもいられなくなり、背中を向けて元来た道を走った。


 さっきいた場所まで走ると、ようやく我に返って足を止めた。


「……はあ……はあ……」


 思わずキョロキョロと周りを確認する。


(......追いかけて来る訳......ないわよね)


 セーラは息をあげながら、自嘲気味に薄ら笑いを浮かべた。


「……はあ……」


 まだ頬が熱い。胸がドキドキする。この感情は一体何なんだろう。


 〜♪ 〜♪


 弦の音色が再び遠くの方で聞こえた。青年の弦の音色は相変わらず、物悲しげな響きだった。


「......思い出したわ」


 セーラは誰に聞かれるでもなく、呟いた。


「この曲の名前......『私を泣かせて下さい』」

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