52.強くなれ、ルーナ
ゲイリーは、捕まった。
結局、ヘイグの言葉をきっかけにゲイリーは大人しくなり、衛兵に抵抗する事なく連れていかれた。道中、ゲイリーが暴れないよう、衛兵達は7大英傑とリオに同行を要求した。誰も__ゲイリーの事を嫌っていたルーナでさえ行きたくはなかったが、仕方がなく衛兵詰所までは同行した。
普通なら死刑もあり得たが、ゲイリーの場合、金獅子の団での功績が大きく、死刑は免れた。
その代わり、奴隷となる事に決まった。何年奴隷でいるのか、それとも一生奴隷でい続けるのか、それは今後の審議次第との事だった。
*
それからしばらく後。
酒場にいた金獅子の団の傭兵達は多くがもう既に帰っていて、残った数人が暗い面持ちでまだ酒を飲み続けていた。
酒場の外では、ドワーフのヴィクターがいた。酒場の入り口にはオブジェクトなのか大きい石が置いてあり、ヴィクターはそこに腰掛けて、酒で真っ赤になった顔に冷たい風をあてていた。
と、彼は背後に気配を感じる。
「ヘイグちゃん、まだ帰ってなかったのね」
ヴィクターは振り返る事なく、その男の名前を言い当てる。
「......」
彼は何も言わず、ヴィクターの隣に立った。
金獅子の団7大英傑最後の一人『断罪のヘイグ』。
灰色狼の耳と尻尾が生えた比較的獣度の低い獣人でバトルアックス使いの戦士だ。若者だらけの金獅子の団の中では高齢で、金獅子の団の副長。風格があり、責任感と知性に優れ、リオの信頼も厚い。
「ベンちんは?」
「一人になりたい、と」
「あーね。あいつは一番ゲイリーの事気に入ってたからなあ。リオも帰ったかな?」
ヘイグは小さく頷いた。
「仲間思いのあの人の事だ。きっとベン以上に落ち込んでるだろうな」
「......やっぱ、ヘイグちゃんもショック受けてんの?」
「......あいつには戦場で何度か助けられた。素行が悪い奴だったが、こんな形で別れたくはなかった。......もし、ゲイリーが金獅子の団の所に戻らず勝手に一人で逃げていたら、捕まらなかっただろうな」
「......皮肉なこった。妻を殺して気が動転して、追い詰められたあいつの行き着いた先が
二人で話しているとそこへ、更に新たな人影が現れた。
ルーナだ。
「む、ちゃんルナじゃないの」
「......何よ」
ルーナはすっかり酔いがさめて、いつも通りの不機嫌な顔をしていた。
「ちゃんルナは平常運転だね。てっきり、祝い酒でも飲んでんだと思ってたよ」
「ハッ、今回の件、ただのあいつの自業自得でしょ。一般人相手に正当防衛なんて言い訳にできない、あいつの性格の悪さが今日になって露呈しただけの事よ。それを悲しんだり喜んだりするのがもう馬鹿げているわ」
ルーナはちらりとヘイグを見た。
「言っとくけど、私はあんたらに遠慮なんてしないわ。――あいつは、正真正銘のクズよ。いなくなってせいせいしたわ」
「......」
「..................でも......」
ルーナはほんの少しだけ、陰りのある表情を見せた。
「......一人の戦士として言うと、......あまりにも、もったいなかった。あいつのことは気に入らなかったけど、可能性は凄まじかった。最初、盗賊やってたあいつに出会った時はただの力持ちバカだと思っていた。けど、兄貴の目に狂いはなかった。あいつは金獅子の団に入ってから目覚ましい成長を遂げた。いつか、あの馬鹿力に見合った技量と知性が身につけば、金獅子の団最強はあいつになるかもって思ってたのよ。いいや、金獅子の団だけじゃない、ルーデル全土でも名を轟かせる人材になっていたかもしれないわ。あいつの......これからの時間が、どれだけ貴重な物だったか......それを、......それをたかが、女との痴情のもつれで失ってしまうなんて.....本当に、.......――」
――『女』ってなんなの......。
最後の言葉を飲み込んだ。
「......けっ」
ヴィクターは立ち上がった。
「飲み直すわ。なんか、こういうしんみりしたの苦手」
そう言って、酒場の中へ入っていった。
「......リオはお前とゲイリーの不仲をずっと案じていたぞ」
「......あ?」
ヴィクターがいなくなると、ヘイグが口を開いた。
「......別に兄貴が気を揉むような事なんてしてないわよ。喧嘩なんて荒くれ集団の金獅子の団では日常茶飯事でしょ」
「私の目から見ても、喧嘩どころか殺し合いになりそうな空気があったように思えるぞ。あの人は......リオは、ゲイリーを団から追い出す事まで考えていた」
「......は......はあああ? そんなの聞いてないわよ! あの兄貴よ? 私なんかのためにゲイリーを手放す訳ないじゃない! それに、あいつが団から出てけって言われて素直に従う訳ないわ! 最悪、あいつが激情して斬り合いになりかねない!」
「だから、それを覚悟した上で、ゲイリーを脱隊させようとしていた」
「......」
ルーナは絶句した。
リオにとって一番大切なものは夢だ。『ルーデルを統一する』という夢。
そのためにリオはここまで仲間の屍を越え、死戦を乗り越えてきた。ルーナはリオの夢を見た最初の一人に過ぎない。一方、ゲイリーは原石だ。ルーナでもわかるくらい伸びしろのある戦士だった。夢のためには必要な人材。それをルーナのためだけに手放そうとしていたなんて、信じられない。
「それを必死で止めていたのは、この私だ。私も、お前と全く同意見だ。そんな事のために手放して良い程ゲイリーは安くはない。......まあ、今となっては、その努力も水の泡だったがな」
「......」
「いいか、ルーナ。今から言う忠告をよく聞く事だ」
ヘイグは夜空を見上げた。
「リオが、もし夢を諦める日が来るとしたらそれはおそらくお前のせいだ。リオはお前が大事なんだよ。過保護とまで言ってもいい。リオが大切だと思うなら、お前はとにかくリオに迷惑をかけるな」
「そんなの......」
ルーナは一気に頭が沸騰しそうになった。
「私は女を捨てた戦士なのに、ゲイリーは女である事を馬鹿にしてきたのよ! 部下までいびられた!」
「リオなんてもっと多くに色々言われてるよ。金獅子の団はだいぶ有名になったからな。団への非難を一手に引き受けているのはリオだ」
「......」
「なのに、お前はたった1人に大騒ぎだ。自分がどう思ったとか他人が自分の事をどう思っているだとかばかり気にしている平凡な奴と同じ。だが、このままではダメだ。リオはお前をいつも気にする。この団はリオあってのものだ。今は上手くやってるが、リオと団が追い詰められるような事があった時、お前が不安定なせいでこの団が崩壊するかもしれない」
「......」
「――強くなれ、ルーナ。やり返して相手を屈服させろと言ってるんじゃない。そんなやり方を続けていれば問題が大きくなるだけだ。どんな謗りを受けようともどうでも良いと思えるような豪胆さを持て。常に心を安定させろ。リオの足をひっぱりたくないならな」
「......」
ヘイグはそれだけ言うと、酒場に戻っていった。ルーナ一人が取り残されて、酒場の入り口にある大きな石に腰掛けた。
(......私は、兄貴みたいに強くないから無理よ)
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