51.様子のおかしいゲイリー

 夜がますます深まり、酒場の宴は佳境に入っていた。


 傭兵達は気が狂ったように歌い、酒を浴びるように飲んでいた。

 不意に、ぎいいっと音を立てて酒場の戸が開く。現れたのは、巨大な人間の男、ゲイリーだった。


「ガハハハは! なんだお前、今までいなかったのか! どーりで酒場が妙に広い訳だ!」


 ケンタウロスのベンがいつもの、ガハハハ! という笑い声をあげてゲイリーを歓迎する。


「あ、ああ......ベンの叔父貴か」


 ベンは下半身が馬になっており、巨大な馬に巨大な男が乗ったぐらいの大きさだ。__つまりは、巨大だった。通常の人間であれば見上げるぐらいの身長だが、ゲイリーとは肩を並べる大きさで、丁度良くゲイリーの肩に腕を回した。

 拍子にゲイリーが少しよろける。


「ガハハ! なんだその腑抜け面は! お前も飲め飲め!」

「......」


 「ここ空いてるぜ」と他の仲間にも促されるままにゲイリーは席に座り、差し出された酒を飲む。


「良かった。......皆は......いつも通りだよな......」


 ゲイリーは虚ろな目で呟く。


「んん? なんだ? 今日はやけにしおらしいじゃねえか! ガハハハ! なんだよ、また奥さんともめたんか? 話くれえ聞いてやんよ」

「......ああ......」


 ゲイリーは一気にぐびっとジョッキを飲み干した。


「あいつがまたヒスを起こしたんだ。『子供を一人で育ててるあたしの身になってよ! 外で楽しくやってるあんたにあたしの気持ちがわかるか!』って。......俺は知るかって思ったね。そもそも俺は子供なんか産むなっていったんだ。勝手に産んだのはあいつだ。俺は言い返した。『楽しい? 俺の仕事が楽しいって言いたいのか? 王都で呑気に暮らしてるお前より楽して楽しんでるって言いたいのか? なら、お前、俺みてえに戦えんのか? 俺の代わりに人斬れんのか? え?』『ええ、良いわ!斬ってやるわよ』あいつは俺に、包丁を向けた。俺は…ただ…」

「......」


 ベンも、周りで話を聞いていた傭兵達もようやくある事に気づき、息をのんだ。


 ゲイリーの服の裾に。ゲイリー自身は怪我をしている様子はない。

 ……その血は返り血のようだった。


 ――――バンッ


 酒場の扉が勢いよく開いた。赤い軍服に身を包んだ兵士__王都の衛兵が数人入ってきた。

 金獅子の団の傭兵達がどよめく。


 リオがすぐさま立ち上がる。が、衛兵達はリオには目もくれず、ゲイリーを取り囲んだ。


「金獅子の団隊長のゲイリーだな? 貴様を妻殺しの罪で逮捕する!」

「ハッ、妻? あんなん妻じゃねえ! あれは俺を理解しない理解しようともしない俺を監視して欠点掘り下げて金奪っていくだけの、ただの獣だ!」


 ゲイリーは唾を飛ばしながら叫んだ。


「ゲイリー......」


 状況を察したリオが悲しげに目を細めた。他の傭兵達も同様に顔が真っ青になっていた。


「なっ......皆してなんだよ、その目は! ここにいる奴は人一人くらい皆殺してるだろ!」

「......敵兵殺すのと、妻殺すのとは訳が違うだろ......」


 誰かが呟くように言った。


 衛兵の一人がゲイリーに近づく。


「大人しく来てもらう!」

「ふざけんな! 俺に触るんじゃねえ!」


 ゲイリーは衛兵を拳でぶん殴った。衛兵は後ろに吹っ飛び、テーブルにあたる。衝撃音と共にテーブルが真っ二つに割れた。その様子を見て、他の衛兵達が怯む。


 金獅子の団の傭兵達はただただ息をこらして成り行きを見守っている。


「は、はははッぐひぃッ、王都の衛兵っつっても所詮は街で呑気に暮らしてるお坊ちゃんって事か!」


 ゲイリーは殴り倒した衛兵の襟を掴みあげた。


「ひ、ひい......」

「俺を捕まえてみろよ、温室育ちが。お前ら全員ぶっ殺してやる」


 ゲイリーは大きな拳を握りしめ、衛兵を殴りつける。――――前に、拳が止まった。

 ぷるぷると拳が小刻みに震える。


 ゲイリーの拳を、リオが掴んでいた。どこからそんな力が出るのか、リオの力でゲイリーの巨大な拳が止められた。


「ゲイリー......もうよせ......」

「な、なんでだよ! こいつら、めちゃ雑魚いぜ! 今だったらまだ逃げられる! こいつら全員叩きのめせば!」

「だけど、お前は金獅子の団俺達全員を敵に回せば勝てないだろ......?」

「......は......?」


 ゲイリーは言葉を失った。酒場の仲間達を見まわした。ここには、金獅子の団7大英傑と、そして団長リオがいる。全員が顔を青くして、ゲイリーを見ていた。


「だって......そんな......。そんな事ってねえ......だろ......?」

「俺達はいまや王室にすら公に認められた傭兵団なんだ。目の前に衛兵と犯罪者がいれば、衛兵の味方をせざるを得ない。仲間一人のために、国に仇なす訳にはいかない......。頼む......ゲイリー、大人しく捕まってくれ......」

「そんな......事......。捕まったら......最悪処刑されるかもしれねえんだぞ......」

「……最悪の事態は免れるように色々掛け合ってみる」

「……」

「……だから、選んでくれ、ゲイリー。捕まるか、それとも今ここで俺に斬られるか」

「そりゃ......そりゃ......ねえよ、リオ。今までどんだけ俺が金獅子の団のために戦ってきたと思ってんだ。どれだけの窮地を助けてやったと思ってんだ。なあリオお前、俺にどんだけ恩があると思ってんだよ! 恩知らずにも程があるだろ!」

「いい加減にしろ!」


 叫んだのは、灰色狼の獣人__金獅子の団副長のヘイグだった。


「一番辛いのはリオなんだぞ! 人一倍仲間思いのリオが、どんな思いで言っているのかお前わかってるのか! 金獅子の団は散々仲間の屍積み上げてここまで上ってきたんだ! 大馬鹿者一人のために全部無しになんて今更できる訳ない! ......『恩知らず』? ただの野盗だったお前に目をかけたリオの恩を、たかが夫婦喧嘩で全部台無しにした恩知らずはお前だろ! ......お前が抵抗するというのなら、私はお前を止めてやる! 私は本気だぞ!」

「......」


 ゲイリーは顔を青ざめて黙り込んだ。

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