50.兄貴は兄貴!

「今回、王室自ら金獅子の団の功労を讃えたい、との事らしい」


 金獅子の団の傭兵達は割れんばかりの歓声をあげた。


 ここは、王都の大きな酒場。

 王都に帰った傭兵達は、夜、再び酒場に集まって祝い酒を飲んでいた。そんな中でのリオの一大報告だった。


 金獅子の団は民達に人気があると言っても、やはり、一傭兵団にすぎない。だが、今回の聖地ヴゴの森の戦い__特にトロールの襲撃における金獅子の団の戦功はかなり大きく、流石に貴族達も無視できない。だが、まさか、王家が出張ってくるとは、誰も予想していなかったのだ。


 明日、リオは城に行く。同行者としてルーナと、副長のヘイグが着いていく事になった。


「おら達平民は上級街だって、入れねってのに、まさかお城に呼ばれるなんて......おらあ......おらあ、感動だぁ」


 牛の獣人デニスはもー! と叫びながら泣き出した。デニスの反応は決して大袈裟ではなく、ただの傭兵団が城に呼ばれるなど前代未聞だった。それだけ、この乱世でガルカト王国存続に金獅子の団が大きく寄与したという事だ。


 今夜の宴はいつもよりも盛大だった。テーブルには溢れんばかりの料理と酒が並んでいる。


「黒狼隊の奴ら見たか? 敗戦かよってくらい顔真っ赤だったぜ! 特に隊長のデレクはゆでだこみたいだった!」


 誰もかれもが興奮して話し込んでいた。


 街女の格好に着替えたルーナが現れる。ルーナは耳の先まで顔を真っ赤にしてニコニコ笑っていた。


「ヒック......えへっえへへへへへへ〜」


 ルーナはリオに抱きついた。既にかなり酔っていた。


「わっ、とっとと......」


 椅子に座って酒を飲みかけていたリオは、危うくこぼしそうになる。


「おい、ルーナ! この間よりも酔ってるじゃないか」

「だって、兄貴は王子様だから、兄貴が城に行く日が来るなんて嬉しいわ。この日をどんなに待ち侘びたことか」

「......」


 「兄貴は王子様」という言葉は場合によっては王室に対する不敬罪にも捉えられない言葉だが、今は周りは仲間しかいないし、皆わいわいやっていて、誰も聞いていない。

 リオは困り顔で微笑んだ。


「......まだ、俺が王子だって信じてくれるの?」

「もちろん!」


 ルーナは上機嫌に、真っ赤になった長い耳をピコピコ上下させた。リオは静かに微笑んだ。


 部屋の隅では猫耳に丸メガネの獣人アランが、リオに抱きついているルーナを複雑な気持ちで見守りながら酒を飲んでいた。そこへ、純エルフのヘンリーが向かいの席に座る。


「へ、ヘンリーさん......! もう、大丈夫なんですか?」

「ああ、この通り、お陰様でもうピンピンしてるよ」

 

 右肩の凄惨な傷口は痛々しかったが、ヘンリーはいつものように温かい笑顔を向けてくれた。利き手でない左手で酒を口に運んでいる。アランはほっと胸を撫で下ろす。


「それにしても、驚いたよ。まさかあの後すぐ告白するなんて」


 ――――ブッ

 アランは酒を吹き出した。


「え、もうヘンリーさんの耳に届いたんですか」

「ヘンリーどころか、もう団員全員が『新入り、ルーナに告って説教される事件』を知ってるだよ」


 横から牛頭の獣人デニスが入ってくる。アランは一気に顔が熱くなった。

 続いて、ルーナ隊副隊長のハイエナ男ジョエルや異国風ケンタウロスのケンもやってきた。


「まさか、入って早々ルーナに告白する獣人がいるとは思いませんでしたよ。見かけによらずやりますね、アラン」

「確かに、入団したての時からアラン殿はルーナ殿の事をイヤらしい目つきで見てたでござる!」


 気づけば周りにはルーナ隊の面々が集まっていた。


「え、イヤらしい目つきって、......え? 僕してました......?」

「あ、僕はアラン君の事応援してるからね!」


 ヘンリーは一瞬、ルーナの方を見た。ルーナがぎゅううううっとリオに抱きついている。


「ふぁ、ファイト!」

「......」


 しばらく、酒を飲んでいると、他の傭兵達も寄ってきて、やはりルーナの事でアランに悪がらみしてきた。


「おらは......おらは悲しいべ! アランママの一世一代の告白が説教で終わるなんて......」


 デニスが泣き出す。ジョエルが「こいつ、泣き上戸なんです」と教えてくれた。


「どうせ、アランママの事だから初めての告白だったんだろ?」

「え、アラン殿、24歳で童貞って本当でござるか!?」

「話を変な方向に飛躍させないでくださいよ......」


 だが、不思議と誰も、異種族恋愛である事を揶揄わなかった。というよりは、ルーナに断られるどころか説教された事が、彼らにとっては笑えるポイントだったらしい。


「......異種族恋愛について誰も言及しないんですね」

「アラン君、ここは金獅子の団だよ? 皆荒くれてるけど、種族の壁は絶対に作らないんだ」


 ヘンリーは優しく微笑んだ。

 と、そこへ――


「ハーッハッハ! は相変わらず罪作りな女だな」

「――――っな!」


 『俺のルーナ』という聞き捨てならないセリフを言われてアランは勢いよく振り返る。

 そこには茶髪の人間の青年が立っていた。長身で、やはりアランに比べたら体格が良い。それに、なかなかの美丈夫だ。


「俺の名はグレン・フォン・ロレーヌ! あのロレーヌ家の次期当主となる男だ」

「貴族......?」


 アランは訝しげにグレンを見た。確かに口調などは貴族然としているが、身なりは平民の格好だった。


「そうだ。貴様も元貴族だというのなら、ロレーヌ家の名前くらいは聞いた事あるだろう」

「......??」

 

 グレンは残念そうに息をはいた。


「全く、これだから田舎者は」

「貴族の跡取り息子まで受け入れているなんて、金獅子の団は本当に色々な人がいるんですね......」

「いや、彼もアラン君と似たような感じだよ。ほぼ家を追い出されたようなもんなんだ。この暴れ馬を引き取って下さいって。本人は追い出されたと思ってないみたいだけど」


 ヘンリーが言った。


「あ!」


 アランは思わず声をあげた。グレンの腰にひさげた、禍々しい真っ黒なロングソードを見て、思い出した。


 ――――『狂戦士グレン』。


 呪われた魔剣を操る、金獅子の団7大英傑の一人だ。


「ルーナ」


 グレンは、相変わらずリオに抱きついているルーナの前で仁王立ちした。


「いくらリオと幼馴染だからって、これ以上の肌の接触は看過できないぞ。将来、この俺、大貴族ロレーヌ家当主の妾になるのだから相応の振る舞いを心がけるべきだ」

「せめて正妻にしてやりなよ〜」


 ドワーフのヴィクターが茶々を入れた。


「それはダメだ。子を産む能力が無く、教養もないハーフエルフを正妻にする事はできない。だが、俺の妾になれば生涯苦労のない生活を保証する」


 ルーナはグレンを心底嫌なものを見るかのように睨みつけた。


「だぁれがあんたみたいなクソ雑魚なんかの女になんのよ!」

「なっ」

「私からしたら、兄貴以外み〜んな雑魚よ!」


 ルーナはすりすりと頬をリオにすりつけた。


「だってさ。悪いなグレン」


 リオはグレンにキラキラした笑顔を向けた。


「なっ......雑魚......だと......? 7大英傑のこの俺が......?」

「じゃあ、ヴィクターは〜?」


 ショックを受けているグレンの傍で、ドワーフのヴィクターが楽しそうに横槍を入れる。


「雑魚!」

「ベンは?」

「雑魚!」

「ゲイリーは?」

「ざっこ、雑魚!」

「アランは?」

「みみず!」

「......ミミズ......」


 アランは部屋の隅で人知れず傷つく。


「み〜んなみんな雑魚! でも......兄貴は兄貴! ずっと兄貴のそばにいんの!」


 ルーナはぎゅううっとリオを抱きしめる。


「――だってさ。悪いなグレン」


 リオはグレンに輝かんばかりの笑顔を向けた。


「二度も言うなニヤニヤするな! くうう、ルーナ、いつか俺の物にしてやるからな!」


 グレンは悔しそうに去って行った。そんなグレンをお構いなしに、ルーナは相変わらずリオにベタつく。


「あ〜にっきはあーにき〜♪ あ〜にっきはあーにき〜♪」


 ルーナは、ヘンリーの魔法の呪文なんじゃないかと思うくらい奇妙な音程で歌い出し、リオの首をきつくしめる。


「ルーナ、苦しい......。あと、耳元で歌うのやめてくれよ。俺そろそろ酒続き飲みたいから放してくれないか?」


 流石に我慢できなくなったリオがルーナを剥がそうとするが、ぎゅううっと力が入ってなかなかとれない。


「この......、......言う事聞かない奴はこうしてやる!」


 リオはくっつくルーナを膝の上に乗せて、こちょこちょと体をくすぐった。


「きゃー♡」


 ルーナは嬉しそうにリオの膝の上で手足をバタバタさせた。


「ありゃリオも相当酒入ってるな......」


 ヴィクターが遠い目をして独りごちた。

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