48.抱かせろ

 すっかり夜も更けり、宴が終盤にさしかかっていた。

 金獅子の団の傭兵達は多くが酒に酔い、更地で寝てしまった者も少なくない。


 あれから、アランは他の傭兵達に連れられて行った。ルーナは相変わらず、一人で静々と酒を飲んでいた。流石にもう切り上げようと立ち上がる。


「ヒック......」


 顔が真っ赤になったルーナはよろける体でなんとか歩き出す。


 すると、どこからか、男達の笑い声が聞こえてきた。


「しゃあッ俺の勝ち!」


 すぐにそれがゲイリーの声である事がわかった。男達の人だかりができている。その中心ではゲイリーとその部下が腕相撲をしていた。相手もかなりの筋肉質な巨漢だったが、やはりゲイリーの方が体格は上で腕相撲でも見事勝利したようだった。


 ゲイリー達は一瞬、ルーナと目があう。

 ルーナは無視して、通り過ぎようとする。


 だが、ゲイリーの部下達が目の前に立ちはだかった。

 一人が口を開いた。


「邪魔。どいて」

「調子はどうだ、落ちこぼれ集団のルーナ隊は?」

「......」

「斬り込み隊だのなんだのほざいてるけど、実質ただの落ちこぼれだろ。『炎の死神』ヘンリーがやられてますます落ちぶれるんじゃないの? 女が隊長になんかなるからこんな事になるんだ」


 男達が大口を開けて笑う。


「それにしても、あの間抜けヘンリーも落ちたもんだな。あんな役立たずを助けるために右腕なくしちまうなんてよ。いくら魔法が使えるっつってもよ、利き腕なくしちまったらもう英傑引退だよな。英傑どころか並程度に戦えるかも怪しいよ」

「......」

「俺たちとしちゃ間抜けが一人減って嬉しいかぎりだよ。あいつのお人好しには反吐が出そうだったんだ。ああいうのがいるから、黒狼隊みてえなカス集団にさえマウントとられんだ。――――いっそあんな奴、


 パンッ


 ルーナは煽ってくるゲイリーの部下の顔を思い切り叩いた。


「失せな、カス」

「やってくれんじゃねえか、このアマ......」


 ゲイリーの部下が顔を真っ赤にしてルーナに迫る。

 が、それをゲイリーが止めた。


「まあ、お前ら落ち着けよ。ここにはリオがいる。お互い事を荒立てたくねえだろ」


 大きな焚き火の方を見やると、まだリオが他の傭兵達と話し込んでいた。今、ルーナ達が乱闘を始めたら、リオにすぐに気づかれるだろう。


「......」


 ゲイリーはさっきまで腕相撲で使っていた机に腕を乗せる。肘をつき、ルーナに目配せした。


「平和的な解決方法だ。勝った方が相手の言う事をなんでも聞くってのはどうだ?」

「......ええ、いいわ」


 ルーナはあっさり勝負に応じ、机に片腕の肘をついた。


「――――っ」


 周りの男達は驚いて息をのむ。

 ルーナとゲイリーとでは明らかに体格差があり、筋力量にも大きな違いがある。どう考えてもルーナが勝てるはずがない。何か勝算があるのだろうか?


「......ヒック......私が勝ったら、あんた金獅子の団から出ていきなさいよ」


 だが、男達は徐々に薄ら笑いをこぼし出す。


 ルーナは泥酔状態だ。勝算もクソもない。ただ、冷静な判断ができていないだけだ。ゲイリーは口角を吊り上げて嫌らしく笑った。


「ぐひッそうこなくちゃなあ。てめえで勝負に乗ったんだからな? やっぱやめたは無しだぜ? 負けてリオに泣きつくなんて恥さらすんじゃねえぞ」

「この私があんたに負ける訳ないでしょ」

「いいねえ。......じゃあ、俺が勝ったら、――――


 ゲイリーの部下達は下卑た笑い声をあげる。


「ゲス野郎」

「そのゲスに1回や2回汚されたって別にお前にとっちゃ大した事ねえだろ? 女が戦場にいるんだ。何回かは敵にヤられてたっておかしかねえ。それとも、リオとヤッたか?」

「んな訳ねえでしょ、クソ野郎。あんたってさあ、ほんと、猿ね。下半身でしか物考えられないわけ? ヤる事しか頭にないじゃない」

「生意気言ってろ。プライドの高い女程組み敷きがいがあるってもんだ」


 ルーナの目にはどんどんゲイリーが大きな化け物と化していく。あの、両目が釣り上がり、口から大きな牙がはえて頭に大量の目がはえた化け物だ。

 

 同時に、いくつもの、いくつものいくつもの赤い線が見える。赤い線は全てゲイリーの急所へと続く。


 もし、腰にさげた剣を抜き取ってゲイリーを刺し殺す事ができたらどんなにすっきりする事か。だが、ルーナは最後の一線を決して越えない。仲間を斬ってしまったが最後、取り返しがつかない。


「あんたさあ......気色悪いのよ。私じゃなくてその趣味の女につきあってもらいなさいよ。てか、あんた奥さんいるじゃない。よく妻子いる身で堂々と他の女にセクハラできるわね」

「てめえ、俺の前であいつの話すんじゃねえよ」

「そんなに嫌いなら離婚すればいいじゃない。......ああ、噂されるのが怖いのね。あの金獅子の団7大英傑の『黒き太陽ゲイリー』が不義理にも妻子を捨ててしまったって。ほんと、あんたって小さい男」

「ふざけんなッ! 何にも知らねえ癖に!」


 とうとうゲイリーが声を荒げた。


 と、その時――――


「......スウ......スー......」


 ルーナは机に寄りかかって、目を閉じた。


「......は?」

「......スー..................」


 目を閉じたまま、動かない。


 ――――どうやら酔って、眠り込んでしまったようだ。


「ま、まじかよ、このタイミングで......? ............。ふ、不戦勝だ! 勝った! 勝ったよな、俺! ってことはヤって良いってことだよな? な?」


 ゲイリーは周りに訴える。周りの男達は若干引きつった顔をしながら頷いた。

 ゲイリーはルーナの肩を掴んだ。

 

 すると、一人が割り込んできた。


「ちょ、ちょっと待ってください」


 アランだ。ルーナ達の様子に気づいたらしく、慌てて止めてきた。


「ああ!? なんだよクソ雑魚が!」


 ゲイリーはアランを恐ろしい形相で睨みつけた。


「でしゃばってくん――――」


 だが、徐々に顔が強張る。アランの背後にいる人間に気づいたからだ。


 ――――リオだ。


 リオは、アランの前に出て少し困った表情でルーナ達のもとに来た。


「ルーナ、飲み過ぎだよ。起きれる?」

「......う〜ゆゆゆ......」


 ルーナは謎の言葉を発して動かない。リオはため息をついてルーナを抱き抱えた。


「お、おい、リオ......ルーナは俺と勝負して」

「あまり俺の妹分をいじめないでくれないか?」


 リオは鋭い瞳でゲイリーを見た。いつもより少しだけ冷たい視線。それだけで、ゲイリーは押し黙ってしまう。


「......別に。ちょっとからかってただけだよ。男同士なら軽く流せるのにこいつが......」

「......」

「............わぁったよ」


 ゲイリーは引き下がった。リオはルーナを抱えてテントの方へ向かう。


「ま、待ってください!」

「?」


 しかし、今度はアランが叫んだ。リオは立ち止まる。


「あ、あの......ルーナを......どうする気......ですか?」

「どうって......? 寝床に寝かせに行くだけだけど......」

「そうですか......。そう......ですよね......あはは」


 アランの様子にリオは一瞬腑に落ちない顔をしたが、その後ルーナを抱えて歩き出した。



 その夜は、いつもより闇が深く広がっていた。


 新生ガルカト王国の王都ロモントにあるロモント城は、いつものような華やかさとは異なる雰囲気に包まれていた。黄金と宝石による壮麗な装飾に蝋燭の明かりが影を落とし、豪華な部屋は薄暗い。彫刻された天井や柱は薄暗い光によって不気味に浮かび上がる。


 城のとある一室で老人が悪夢にうなされながら何事かぶつぶつと呟いている。


 老人は、新生ガルカト王国の国王だった。


 国王は、病にふしていた。日に日に容体は悪化していく一方。誰もが、彼の先が長くない事を察していた。


 毎晩、国王は夢を見てはうなされる。その声は寝所の外で待機している使用人達の耳にも届いた。


「この頃、陛下がうわ言のようにどなたかの名前を口になさるの......」


 メイドの一人が言った。


「レオナルド。......レオナルドに会いたいって......」

「レオナルド......様ってどなた?」

「......さあ」

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