46.欠けた月

「王子様は妖精に着いていって旅するじゃん? あれって、最後どうなるの?」

「......うぅん......?」


 アランはしばらく考え込んだ。


「――――さあ、どうなったんでしたっけ」


 アランは首を傾げた。


「急にどうしたんですか?」

「いや、なんとなく......」


 その時、妖精が数匹、焚き火の方からこちらに近づいてきた。踊り疲れ休憩したくなってきたのだろうか? 


 妖精達の多くはルーナの周りに群がった。だが、2匹だけ、ニコニコしながらアランの方へ飛ぶ。


「え、え、えへへへ。なんで僕の方に来たんですか〜。か、かわいいですねぇ」


 妖精達は、皆ルーナやヘンリー達エルフを幼くしたような容姿で、銀色の髪に銀色の瞳だった。髪は短くどちらかというとヘンリーそっくりだったが、やはりルーナにも似ていて、アランは内心メロメロだった。両手でお椀を作って、妖精達を乗せようとする。が、触れられなかった。


「え、なんで......。ヘンリーさんは触れてたのに......」

「エルフや妖精以外の種族は、妖精が望まない限り触ったり声を聞いたりできないわよ。ヘンリー曰く、妖精達は、かくりよ?ってのに近い存在なんだって」


 そういいながら、自分の周りに集まる妖精達をルーナはまるで虫がまとわりついているかのように手で払った。


「しっしっしっ、ああ、もう鬱陶しいわね」

「......なっ、酷い! そんなぞんざいに扱わないであげてください!」

「あのね。言っとくけど、こいつら、結構性悪よ」

「ええ? こんな可愛い子達がそんな訳ないじゃないですか」


 アランは目の前の妖精達が口をパクパク動かしているのに気づいた。何か言っているようだった。


「......ねえ、ルーナ、この子達僕に何か言ってるみたいなんですけど、何て言ってるんですか?」

「『くっせえ息吐いてんじゃねえよ、クソ豚が』って言ってるわ」

「......え?」


 アランは自分の所へ寄ってきた妖精を見る。相変わらずニコニコ笑顔で可愛い。


「もう、ルーナって本当に意地が悪いんですね! ......えへへへ、なんでそんなに笑ってるのぉ?」


 アランは問いかけるが、やはり妖精の声は聞こえない。

 

 実際には、妖精の会話は、


《おい、見ろよ! こいつ鼻くそついてんぞ!》

《ほんとだ! きったね! 鏡くらい見ろよ》

《ぎゃはははははは!》


とルーナの耳には聞こえている。


 ルーナはそっと呟いた。


「それにしても、うちはヴゴの森が獣公国に堕ちる以前に妖精達に兄貴やヘンリーが気に入られてるから良いけどさ、これだけこいつらが湧いてたら、今頃他の隊は大変ね」

「......?」



 一方、同時刻、付近の野営地にて駐屯していた黒狼隊はというと......


「こ、こらー! 槍を破壊するな服を破くな鍋をひっくり返すな!」

《ぎゃはははははははは》


 妖精達が次々と物を破壊し、兵士達にちょっかいを出している。大量に発生した妖精達のいたずらによって、野営地が荒らされていた。


「クソッ! 誰かこいつらをなんとかしろ!」


 ルーナ達に嫌味な態度をとった黒狼隊隊長デレクが狼狽して叫んだ。


《かんちょー! かんちょー!》

「や、やめろ! こいつ!」


 デレクが怒りで妖精達につかみかかるが、彼からは触る事ができない。


《ぎゃははははははは!》



 ふと、リオが、離れた木陰で話をしているルーナとアランに気づいた。

 リオは焚き火の方へ来るように手招きをする。ルーナは軽く手を振って、断る仕草をした。リオは困った顔をして肩をあげた。


「行かないんですか?」


 アランは聞いた。


「ここじゃ、『女』ははぐれもんなのよ」

「......! ルーナ、もしかしてゲイリーの事を気にしてるんですか? あんな意地の悪い奴気にするだけ損ですよ!」

「別に、あんなカスの言う事なんてこれっぽっちも気にしてないわよ。............ただ......」

「......」

「......」

「......ただ......?」

「......いや............」

 

 アランは先を促したが、ルーナは首を振って黙り込んだ。しかし、アランが粘り強く待っていると、ルーナは諦めたようにため息をついた。酒をもう一杯口にする。


「金獅子の団は色んな種族がいるわ。『ルーデルを統一する』っていう兄貴の夢を中心に、皆が種族の壁を越えて手を取り合っている。ある意味、異種族がいないのよ。だから、......ここではただ一人、『女』の私が異種族なのよ」

「......」


 ルーナは遠く離れた、焚き火の方を見つめた。そこでは楽しそうにリオが傭兵達と酒を飲み交わし歌を歌い、談笑していた。


「兄貴にとって一番大切なのは夢よ。だから、一緒に夢を追いかけてくれる仲間達が大好きなの。私は、一番最初に兄貴の夢を見た一人に過ぎなかった......」

「......」

「きっと、兄貴は、......――――自分では気づいていないけど、金獅子の団ここが兄貴にとって、なんだわ」

「......」

「......」

「......あなたはどうなんですか......?」

「......」

「......あなたにとって、ここはどんな場所なんですか?」

「私は......」


 ルーナは夜空を見上げた。


 遍く星々から少し離れた所に浮かんだ『それ』は、いつものようにどこかが欠けていた。

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